閲覧規制解除-番外編1-




前書き



「皆さんどうも輪塚だ!第一章が連続投稿で終わっちまったな。第二章は年明けからスタート。じゃあ今週の更新はどうするのかって?本編はお休みなんだが、今日は俺が休憩時間に波田から聞いた話を紹介するぜ!なんか、タイムズスクエアですごい観客を集めたっていうお話だ。ま、年の最後だ。いつものような感じじゃなくて気楽に話させてもらうからさ、煎餅でも齧りながら楽しんでくれよ!じゃあ前置きはこのくらいで、番外編のはじまりはじまり~」




2013年 アメリカ タイムズスクエア 12月30日


 まだ、波田洋介が35歳の頃。彼はタイムズスクエアにバンドのメンバーと共に来ていた。タイムズスクエアに来ていたのには理由があった。自分たちが世界でどの程度の知名度なのか、どれだけの影響力を持っているのかを生身で感じたかったのだ。


 テレビとラジオ、そして新聞を利用して波田洋介がタイムズスクエアでライブを行うという宣伝を行った。宣伝をしたのはいいものの、タイムズスクエアに人がどれくらい集まるのか。内心胸がはちきれそうだった。年の暮れのアメリカはアーティストがここ、タイムズスクエアでパフォーマンスをすることでも有名でもある。そう、多くの一流が集まる中なら自分を計ることができるのだ。


 早めに現地入りし、波田は近くのホテルでスタッフや関係者と共に打ち合わせを行った。パフォーマンス開始時刻に関しては、あたりが暗くなり始める頃の予定。では、ライブを行う場所は。路上で行うには多くの制限がかかる。人も多く集まるタイムズスクエアでは、どこでするのかも考えておかなければならない。人が集まっている場所に行くのか、それとも人を集めるのかを考えていたのだ。予想と現地のギャップに悩まされたが、ようやく固まったのが昨日。今日はスタッフ達が細かい調整を行っているはずだ。


パフォーマンスは明日の12月31日、今日は何をしようか。外に出歩くわけにもいかず、波田は一人で暇を持て余していた。だが正直、せっかくアメリカに来たのだから芸術関係は見て回りたかった。椅子に座ってうつらうつらとしていると、波田が滞在していた部屋を誰かノックした。


「ハロー、波田さん。いらっしゃいますか~?」


 女性か?声は若く、波田の知っている人物では無さそうだ。しかもアメリカ塵ではなく日本人だろうか、このホテルに俺がいることを知っているのはごく一部の人間のはずだが。


「一体誰だ?」


「ただの波田洋介のファンです!アメリカに滞在しているんですけど、波田さんがここに滞在しているって聞いて来ちゃいました!」


 波田はしばらく無視した。得体の知れない誰かと関わる気など無いのだ。しばらくするとホテルマンが部屋に昼食を運んでくる。その時にでも追い払ってもらうとするか。波田はすぐさまフロントに繋がる電話に手をかけた。しかし、ただのファンと名乗る人物が再び口を開く。


「波田さん!さっきフロントの人を買収しておいたので意味ないですよ!」


「はぁ?」


 電話を戻し、彼女の言葉を整理…というか何で俺が受話器に手を置いたのがわかったんだ?郵便受けなんか無いよなと思いつつ、ホテルの入り口を見つめた。すると、今なって欲しくない嫌な音が聞こえてきた。


 カチャカチャ、カチャリ


「え?」


 鍵が開かなかったか?気のせいだよな、いや、だが―


 波田は電話に手を置いたまま、視線をドアに向けて硬直していた。ドアがゆっくりと開いていく。つばは飲み込まれるだけ、体はいうことを聞かず身構えることもできなかった。


「あ、こんにちは~波田さんですよね!」


 顔をのぞかせたのは長い金髪の女性だった。まだ中学生ぐらいだろうか?満面の笑みを浮かべてヒョッコリとドアから頭を出している。


「なんで入れた」


「あ、ドアですか。ピッキングしました!」


 女性は針金をちらつかせて波田に駆け寄ってくる。不気味さに波田は距離を空け…れない!女性は波田を追いかけまわし、ホテルの部屋内で軽い追いかけっこになった。


「アハハハハハハ!」


 いや、待て!ピッキングしたってどういうことだ!思わず距離を空けようとしたら笑いながら追いかけてくるし、何なんだこいつは!


「おい!お前、名前はなんだ!」


 なぜこの状況で聞くことを思いついたのか自分でも理解できなかったが、結果は良い方向に働いたようだった。女性はようやく追いかけるのをやめ、腕を組んで考え始める。日頃のトレーニングのおかげで波田は息切れしていなかったが、それでも彼女の不気味さと相まって浅い呼吸を重ねていた。


「ナギ・ナズナってことで、あ、これ偽名です。ということで、今日はよろしくお願いします。波田さん」


「今日はお願いします?」


 長い髪を揺らし、自信たっぷりの様子でナズナと名乗る女性は答えた。


「波田さん、私とタイムズスクエアの芸術を見に行きましょう!」


 はぁ?という口のまま、波田はナズナをただ見つめた。ファンと名乗る偽名の女性、ホテルマンの買収、波田の頭は疑問しか残らなかった。


 しかも、もうすぐランチタイムに入る。ナズナが何者かは知らないが、心臓を握られているような気分だった。ナズナの目的がわからないが、この状況を誰かに見られるのも良くない。おそらく高校生ぐらいの子と35歳の自分が一緒にいると色々とまずい。


 ランチを運ぶのは止めてもらおうか、再び電話に手を伸ばす。いや、待てよ。彼女が本当に買収したというのなら、逆に事実を確認するチャンスか?とりあえず、今は彼女から情報を引き出すべきか?口に手を当てて考える。波田は両者を選択できることに気がついた。ならば―


「お前の目的は何だ」


時間が惜しい。波田はストレートに彼女に問う。不機嫌になるかもしれないと思ったが、ナズナは手を叩いて笑みを浮かべた。


「あ、目的ですか?あなたとお話したかったんですよ!それに、きっと今日だと波田さんは暇だろうなーって来たんです」


「じゃあ、もうすぐホテルマンが来るからそれまでなら話そう。何が聞きたいんだ?」


 波田は近くにあった椅子に座ると、ナズナは綺麗にベッドメイクされたシーツに飛び乗った。自分はここまでしないぞ。頭を掻きながらナズナが何を話し出すのかを待っていた。


「色んな芸術が集まるこの街で、あなたはライブをしようとしている。だったら、この街をもっと知っておいた方が良いんじゃないですか?」


 そんなことは知っている。だが、現実的ではない。自分が簡単に外に出れば人がパニックになる可能性もある。日本で同じようなことをして学んだのだ。アメリカで同じミスはしたくなかった。


「大丈夫ですよ!私はこの街を知り尽くしていますから、あなたが波田さんとバレることは無いんですって。今日のために色々と手は打ってあるんです!じゃあ行きますよ!」


「え?」


 ナズナはベッドから飛び降りてドアの前に立つ。そして、指でカウントダウンを始めた。


『3』


 口元に指を持ってきて、静かにするように促す。ただでさえ波田は静かにしていたのだが、息を止めるように彼女を見守っていた。


『2』


 廊下から台車の音が聞こえる。きっとホテルマンがランチを運んできているのだ。


『1』


 音は波田が滞在しているホテルの前で止まる。そして、全ての指が折りたたまれた。


『0』


 コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。ナズナはドアを開けてホテルマンを部屋へと案内する。彼は身長が高く、放つ雰囲気は一流のホテルマンだと一目でわかる。部屋には二人分の料理が運ばれてきていた。部屋に特別に運んできてもらっていたわけだが、二人分があるのはおかしい。波田は深いため息をついた。


「サンキュー、これチップです!」


 ホテルマンはセッティングを終えたと思えば、すぐに部屋を出ていった。ナズナはホテルマンをドア付近まで見送ったと思えば、くるりと波田の方向を向いた。


「波田さん、言ったでしょ?私はもう手を打ってあるって」


「わかった。わかったよ。飯を食べながら、もう少し話をきくよ」


 ナズナは無邪気に微笑む。これまでとは違う、年相応の笑顔だった。


「そうこなくっちゃ!」


 運ばれてきたランチを食べながら、彼女を観察する。疑問が次々に湧き出てくるのは当然だ。どこかのお嬢様か?だが、身なりや行動から考えると違う気もする。金の使い方が如何にも価値を知らないようなものだ。


「なぁ、ナズナさん。俺に会いたいからって、そこまでする必要があったか?」


「実は…直接会って話したいことがあったのも事実なんですよ。ファンとして、どうしても波田さんにお願いしたいことがあったんです」


 ナズナは胸ポケットから何かを取り出したかったようだった。しかし、急に彼女は不機嫌な顔を浮かべてズボンのポケットから携帯電話を取り出した。しばらく誰かと会話した後、さっきまでの笑顔は完全に消え失せて口を結んでいた。


「はぁ~まじか~」


「どうした?」


「この話はまた今度にさせてください。私にとっては結構大事なことなので。実は社内が今大変なことになっちゃったようなので、戻ります。せっかく…波田さんに会うために準備してきたのに…」


 首がカクンと曲がったと思えば、ナズナは机に突っ伏した。波田としては帰ってくれるなら、まあいいかといったぐらいしか考えていなかった。さっきの話からすれば、ナズナはこの年齢で会社の重要な役職についているということだ。波田は会社に勤めたことは無かったが、それでも彼女はすぐに帰るだろうと確信していた。


「じゃあ、話はまた会った時にでもするか。今度はサプライズなしにお願いするよ」


「嫌です。今度はもっと徹底的に行います…はぁ」


 うなだれながらナズナは扉に向かった。ドアの前に立つと、頭を振ってさっきのような笑顔を再び浮かべた。


「波田さん!じゃあ、また会いましょう!」


「機会があったらな」


 金色の髪を揺らし、ナズナは部屋を出ていった。食べ終わった後の皿を見ると、彼女は好き嫌いせずに全て食べていたようだった。変な人物だったが、まぁいいところもあるのか。変に力が抜けた気がする。ライブ前日の息抜きにも丁度良かったし、あまり気にせずに前向きに行けばいいだろう。


 ホテルの外からタイムズスクエアを見下ろす。明日のライブ、彼女も見に来るのだろうか。ファンというのなら、是非見に来て欲しい。俺はいつも通り全力でパフォーマンスをするつもりだ。さて、いつもライブ前日にするルーティンでもするか。カーテンを閉めて、ホテルの部屋に行く。黄色のギターは、今日も良い音を鳴らしていた。







後書き


どうも、輪塚だ!番外編を呼んでくれてありがとう!この後である次の日、12月31日に行われたライブは、タイムズスクエアを熱狂に包み込んだみたいでよ。波田は自身が世界的でもファンがいることを実感したんだって。ま、そのナズナって女性がライブを見ていたのかはわからなかったようだ。


最後に宣伝だ!第二章は2022年1月3日からスタート。それまで待っていてくれると嬉しい。じゃあ2021年ありがとう!2022年も「燐光」をよろしくな!









 12月30日、ナズナはホテルを出てすぐに自身が着けていたウィッグを外した。金色の髪に隠れていたのはボブカット。他の色を知らない真っ黒の髪色だった。

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