第2話 スマホが震えてヒィーッ!
今日も今日とて小原からたっぷりとイビられ、山本の心の中は荒れていた。
「チクショウ! 明日こそは絶対に刺してやるッ!」
四畳半一間の部屋に帰ると怒りをぶちまけ、スーパーで買った50円引きのコロッケをつまみに発泡酒をグビグビと飲み始めた。
「そうだ、アクマに連絡をしてみよう。あいつの夢を見てから気になってしょうがない」
いい感じで酔っ払ってきた山本がスマホに手を伸ばすと、いきなりスマホはブルブルと震えだした。
「ヒィーッ!」
突然タイミングよくスマホが震えたので、山本は素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。
画面を確認すると誰あろう、アクマからの着信だった。
次の日。
「それはシンクロニシティってやつだよ。ユングの言う“意味ある偶然の一致”ってことさ」
山本の向かい側、胡座姿でそう言ったのはアクマこと
大学時代からなぜか山本とウマが合い、卒業後は外資系の証券会社に就職。
そんなアクマから夕食に誘われ、山本は新橋のうなぎ屋のお座敷にいた。
「うん、偶然にしては出来すぎているな。アクマそっくりの悪魔が夢に現れてすぐに僕に連絡をくれるなんて」
「ああ、ちょっと良いことがあったから
ヤンボーなんて昔のあだ名で呼ばれた山本はすっかりご機嫌。
「じゃあ遠慮なく特上のうな重を味わうとするか。持つべきものは友だな」
アクマは高級そうなスーツに高級そうな腕時計が似合っている。
対する山本は……、いや何も言うまい。
ちゃんとしたうなぎ屋のうなぎは出来上がるまで40分以上はかかる。
その間に、山本は自分の置かれた状況を洗いざらいアクマにぶちまけた。
務めていた会社が倒産したこと。
バイト先の小原にいじめられていること。
ふざけ半分に悪魔を呼び出す呪文を唱えてしまったこと。
しかしアクマは山本の愚痴に対し真剣に耳を傾け、的確な助言を述べた。
「じゃあ眉間の肉がえぐれたのは悪魔との契約が成立したってわけじゃないんだな」
「そりゃ寝ている間に爪で引っ掻いたか、ネズミに齧られたか、だな」
「うへぇ、よしてくれ。部屋にゴキブリはいるけどさすがにネズミはいないはずだ」
「しぃっ! ここは一流のうなぎ屋だ。言葉に気をつけよう」
アクマの注意はもっともだった。
「だけどそんな夢を見るなんてよっぽど追い込まれてるんだな」
「ああ、心から殺したい。ところで人を一人殺したら懲役は何年ぐらいが相場だ?」
「状況や条件にもよるが7年くらいじゃないか」
「そうか……」
7年くらいなら殺ってみるのもアリか。
山本の心の内に殺意がムンムンと湧いてきた。
「ハハ、本気なんだな。見事本懐を遂げたなら優秀な弁護士を紹介してやろう。あとは反省するフリも大事だ。日本の刑罰は反省を促すのが目的だからな」
「裁判の時は涙を流して反省の演技を頑張るよ」
「あと武器は使っちゃダメだ。罪が重くなる。ヤンボーは素手で人を殺せたっけ?」
「おい、バカな質問をすんなよ。無理に決まってんだろ」
「なら、殺人技を教えてくれる道場を紹介しよう。この際だからついでに禅寺も紹介しちゃうぞ」
そう言うとアクマはニッコリと笑った。
「待て、道場はまだわかるが禅寺はなぜだ?」
「いざ殺る時になって腰が引けたら困るだろ。何事もメンタルが大事。絶対にやり遂げるために不動心を養う必要があるんだ。例えば宮本武蔵、柳生宗矩、 寺田宗有、辻月丹、山岡鉄舟。名の有る剣豪たちは皆んな参禅していたんだぜ」
「へえ……」
アクマの言葉には不思議な説得力があり、参禅してもいいかな、と一瞬だけ山本に思わせた。
「まあ、殺る殺らないはともかくだ。道場に通って強くなれば自信がつく。参禅すれば心の迷いも晴れる。それはヤンボーの財産となるはずだ。しっかりとモノにしてくれ」
「ああ、期待に応えられるよう頑張るよ」
この時点において、山本はアクマの助言を冗談だと思っていた。
物騒な会話をしている二人の前に特上のうな重が運ばれてきた。
フタを取ると湯気が立ち上がってくる。
「ホワーッ!」
山本が思わず感嘆の声を上げるのもしょうがない。
香ばしい匂いが鼻腔を刺激するのだ。
タレの匂い、うなぎの焼けた匂い。
山椒をかけ、うなぎに箸を突き立てるとほとんど抵抗もなくスゥッと刺さる。
口に運べば舌の上でとろけるよう。
肝吸いが絶品なのは言うまでもない。
二人とも無言でうな重をかっ込んだ。
「ふう、ご馳走さん。でもいいのか? こんな高そうなのを奢ってもらって」
「ああ、実は最近いい職場へ転職してな。収入とやり甲斐が段違いになったのさ。それで仕事が軌道に乗ったらヤンボーに手伝ってもらいたい。守秘義務があって今は詳しくは話せないのが残念だ。だが必ず迎えに行く。それまでは耐えてくれ」
うな重はとても美味かった。
アクマの言葉は有り難かった。
なので山本は小原に対する憎しみをすっかり忘れていた。
やがて二人の話題は最近世間を騒がせている井の頭公園に出没する両手にカマを持ったカッパに移っていった。
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