第1話 鏡を見てヒィーッ!
山本は激怒していた。
必ず、かのパワハラ野郎の
清掃のバイトを終え、四畳半一間の部屋に帰宅すると先輩である小原の罵詈雑言がフラッシュバックしてくる。
「おい山本、そんなこともわからんのか! それは説明しなくても常識でわかれ」
「お前、人間として大事な何かが欠落しているんじゃないの。このヘッピリ野郎!」
チビでナメられやすい性格の山本はバイト先の先輩である小原に目をつけられていた。
辞めることも考えたが、前の会社が潰れてからようやく見つけた働き口である。
正社員の待遇ではないが日銭が入るだけで有り難い。
生活のことを考えれば我慢するしかないのだが、今日という今日は許せない。
こんな時は酒に限る。
コンビニで買ってきたストロング系チューハイをまたたく間に空けると2本目に手を伸ばした。
イカの燻製をお供にテレビ映画を観ながらグビリグビリ。
放映していたのはB級ホラー映画。
『アーメン・オーメン・
気弱な平社員が悪魔と契約し、パワハラ上司たちが次々と死んでいくストーリー。
「まるで僕と同じじゃないか……」
違うのは悪魔と契約しておらず、パワハラ野郎である小原が今も生きていること。
「カタメ、コイメ、オオメ、ハンライス」
山本は映画で使われていた悪魔を召喚する呪文を唱えてみた。
「確か、悪魔との契約が成立すると眉間の肉がちょっぴりえぐり取られるんだっけ。今の僕なら悪魔とだって契約してやる。あの憎っくき小原のクソ禿げ野郎を殺してくれるなら僕の魂なんかくれてやる」
ブツブツと恨み節をつぶやく山本は精神的に追い詰められていた。
酔いと怒りと疲れのせいもあって、万年床のせんべい布団の上に横になると山本はすぐに眠りに落ちた。
暗闇の中、突然上から男が現れたので山本は驚いた。
全身は真っ黒、細い尻尾、短いツノ、片手には大きなフォークのようなお馴染みの三叉槍。
どっからどう見ても悪魔という風貌。
「あの、あなた様は悪魔様でいらっしゃいますか……?」
「ああ、この格好はわかりやすいだろう。ったく、オレはこれから大仕事が待っているのにあのB級ホラー映画のせいで呼ばれまくって忙しすぎて身が持たねえ。だからお前の嫌いな小原を直接殺しはしないが状況だけは整えてやる。あとはお前の自由意志だ。殺すも良し、殺さぬも良し。好きにしろ。そんじゃ契約成立ってことで。魂一丁毎度あり~。また後で会おう」
朝になると山本の怒りは冷めていた。
そもそも自分に人を殺せる度胸なんかない。
背の高い小原を前にするとガクガクと震えてしまうのだ。
やはり職場で波風を立てたくない。
僕さえ我慢すればいい。
平和が一番。
「ふう、変な夢だったな。それにしてもあの悪魔、誰かと似ていたような。あっ、アクマだ。大学時代の親友の
ブツブツと独り言をつぶやきながら山本は顔を洗いに洗面台へ向かった。
「ヒィーッ!」
山本は悲鳴を上げた。
鏡を見ると彼の眉間の肉が少しだけえぐれていた。
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