〈2〉
出会いのきっかけは本当にただの手違い、だってわたしは別にその選考とやらを受けに来たわけじゃないのだ。
街の大聖堂、最近新しく都会から来られたという司祭様の、その法衣を届けに来ただけのこと。わたしはなんの変哲もないお針子娘で、この小さい辺境の街のこれまた小さな仕立て屋、ちょっとしたお手伝い程度の仕事をさせてもらっている。なんでもやる。針と糸とこの身ひとつでやれることなら全部。例えば自分で縫って直したものを、自分の足でお届けにあがるくらいのことは自分でやりたい。
別に仕事が好きなわけじゃなかった。ただ勉強が嫌いなだけで、なのに仕事をしない・できないとなると、それは単なる〝困った人〟だ。そんなの嫌だ。じゃあ勉強とお仕事、どっちを取るかといったらもちろん後者で、だってそれならみんな喜んでくれる。「へぇ、あのミカルちゃんがねえ」と褒めてくれるし(ミカルというのはわたしの名前だ)、おまけのお菓子やお駄賃までもらえて、まったくこの世の中にはこんなオイシイことがあるのに、学校でセコセコ勉強なんかしてるあいつらはバカだぜ! くらいに思っていた。バカはわたしだ。勉強はとっても大事だからみんなしようねと、そこはもう反省したので許してほしい。
そういう意味で、ちゃんと自分で届ける必要があった。わたしはわたしのお仕事で喜んでくれるみんなの笑顔が好きだし、お菓子やお駄賃はもっと好きだ。それも多ければ多いほど。なんの変哲もない十四歳のわたしの世界は、いっぱいの「好き」で満ちている。特に今回のお届け先は司祭様、とっても偉くてあと都会人らしく派手好きで浪費家と噂の彼なら、過去最高の「好き」を叩き出してくれるはずだとワクワクしていた。なんて
かくして訪れた大聖堂。これまで何度か来たことあるはずのその場所は、でも明らかにいつもと違っていた。
見ればわかる。いろんな人がバタバタ忙しそうにしてたし、なにより普段はない何かの受付みたいなところがあった。そこで訊かれたこと全部につい「はい」って答えた、いま思えばそれも原因のひとつだったのかもしれない。
案内を受けて通された大聖堂の中、集められていたのはみんな若い女の人ばかりだ。なんだか順に並んで着座しているみたいで、だからわたしはとりあえず隣の人に、
「こんにちは〜。これってなんの集まりです? なんだかワクワクしますね〜! えへへ」
なんて、とてもじゃないけどそんなこと訊けない。空気が違う。厳粛、というのは場所を考えたら当たり前なのだけれど、それ以上になんだかピリピリしているというか、どこかお互いを牽制し合うかのような緊張感があった。下手に注目を集めたりしたら、この場の全員から敵視されそうな感じだ。こわい。
——こういうときはひとまず様子見に回って、事態が動くまでひたすらじっとしているのがいい。
という、その判断のせいでいつも取り返しのつかないことになる。なった。別になにもしてないのに一次選考を一位で突破して、周りの無言の圧力が重くのしかかる中、
「やった〜ありがとうございます! でもこれってなんの集まりなんです? へへへ」
と、もちろんそんなこと言えるはずもない。死ぬと思う。だってなんか落選して泣いてる人とかいる。こういうときは絶対はしゃいだりせず、といって卑屈になりすぎることもなく、とりあえず「我が身に起こった過分な幸運をまだ受け止め切れてません」みたいな純朴な顔して、波風立てずにやり過ごせばいいんだ——という後手後手の発想のおかげでいつも手遅れになるのだ。
今回なんかまさにその好例、後で知ったことだけれどこの選考、どうやら「神様のお嫁さん探し」だったのだとか。なにそれこわい。もしこのまま場の流れに身を任せていたら、きっと大変なことになっていた。大変なことというのは大変なことだ。詳しくは知らないけどどう考えてもそれは大変なことで、まして自ら望んで立候補したことになってるわけだから、本当に大変なことをされても文句は言えない。いや文句垂れるだけ垂れてみるくらいはできるかもだけど、でも向こうからすれば「エッ? なんで?」ってなると思うし、なにより他の花嫁候補を軒並み叩き落としてまで掴んだ正妻の座を、後から、
「いや〜そういうのはなんか違うっていうか、本当はただお届けものをしに来ただけなんですよ〜! さよなら〜」
なんて、いや全部決まった後にそんなこと言われてもって話になると思う。
どうしようもなかった。結局、なんの変哲もない小娘でしかないわたしは、ただその場の空気に流されるばかりで、だからそんな可哀想なわたしを見かねて——なんて。
別に、そういうわけではなかったのだと思う。
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