第4話 お狐様ではありません
翌日。
ここ最近はずっと起きるのがしんどくて昼前まで寝ていたというのに、今日は朝日と共に目が覚めた。
体の調子がとても良いような気がする。
謂れの無い倦怠感も頭痛も無く、ご飯を食べて家事をして、それでもまだ元気だった。
だから私は、またあの長い階段を登っている。
家に帰って、この神社についてちょっとだけ調べてみた。
どうやらここは通称・オオカミ神社なんて呼ばれているらしい。
あくまでもネット情報ではあるけれど、祀られているのはどうやら知名度も高いあの「大神様」ではなく、通称の語感が同じというだけで「大神様」とは全く関係の無い別の神様らしかった。
では何故「オオカミ神社」なんて名前で呼ばれているのかというと、神様の姿が狼だとか、神使が狼だとか。
そういう理由らしいのである。
つまり、だ。
彼がたとえ何者であったとしても、十中八九オオカミだったのだろうという事なのだろう。
その事を思い出して、私は「はぁ」とため息を吐く。
「かなり怒ってたもんなぁーあの人……」
ドラマで『神社』と言えばキツネだし、だから私も間違えたんだけど、もしかしたらそれ関係で過去に何か嫌な事でもあったのか、それとももっと深い因縁があるのか。
どちらにしても彼がキツネに決していい感情を抱いていなかったのだろう事には変わりない。
折角助けてくれた人にお礼を言おうとして逆に怒らせるだなんて……。
これを知って昨日はそんな風に落ち込んだけど、一度しでかしてしまった事は今更どうにもならないのだ。
ならば今後は気を付ける、その上で今回はめっちゃ謝るしかない。
登りきると、昨日見たのと同じ景色がそこにはあった。
私は昨日と同じく手と口を清め、神殿の前へと進んで鈴を鳴らしてパンパンと手を打ち鳴らす。
(昨日は失言、ごめんなさい。狼の神様、助けてくれてありがとう。お陰で今日は調子が良いです)
本当に昨日のお陰なのかどうかは、正直言って分からない。
しかしそれでも体が軽くなったような気がするので、少なくとも精神的な効果はあったという事なんだろう。
だからきちんとお礼を言って、最後まで作法を守ってから私は肩に手をやった。
昨日はスマホでさえ持ってこなかった完全手ぶらな私だったけど、今日はトートバックを下げて来ている。
中をゴソゴソと漁って取り出したのは、スーパーでもよく見るようなビニールの袋に入った白くて四角い粒の塊。
――塩である。
ネットで調べて驚いたのだが、狼がどうやら塩が好きらしい。
……否、本物の狼がどうなのかは知らないけど、オオカミ神社の神様はどうやら塩が好物らしく、みんなこうしてお供えするらしいのだ。
それに倣ってみようという事で、その辺のスーパーで買ってきた塩の袋を参拝者用の供物台の上に置く。
でもそのままデンっと置いただけじゃぁ、流石にちょっと味気ない。
だから、申し訳程度にプレゼント用のリボンもつけておく。
昨日のオオカミ様の着物の裏地も番傘も赤だった。
それをちゃんと覚えていたから、赤いリボンを選んでいた。
そこまで終えて、私は「ふぅ」と息を吐く。
とりあえずこれで、今日のノルマは達成だ。
小さな達成感に包まれながら、私は神社の入り口・鳥居の所まで歩いて行って、つい先程登ってきたその階段の一番上へと腰を下ろす。
あれだけ登ってきた甲斐あって、見晴らしはとても良い。
眼下には森。
その向こうには太陽に反射してキラキラと光る海があって、青い空との境界がうっすらと見える。
その景色を、ただ素直に「綺麗だな」と思った。
休職前。
仕事に追われていた私は、何かを見てそんな風に思った事があっただろうか。
ここに帰ってきた私は?
昨日でさえ、ここに登った直後には思わなかった事だろう。
全てはオオカミ様のお陰だ。
だって私は、あの人を見て世界の美しさを思い出した。
昨日の出会いはあまりに突然で、唐突過ぎて面食らった。
けどそれでも『今』が彼を起点に変わった事には変わりないから感謝しかない。
が、とりあえず今はソレは置いておいて。
「やっぱり持ってきて正解だったな」
そう呟きつつ、私はまた先程のトートバックに手を入れる。
入っているのは、何も塩だけじゃない。
スマホに財布、そして何より――。
「じゃぁーん! コンビニスイーツ!!」
誰も居ないのを良い事に、ちょっと普段なら絶対にしないようなはしゃぎ方をする。
良いんだ誰も居ないんだから。
その手に握らているのは、透明のプラスチックに入ったティラミスパフェだ。
実はここに来る前に寄り道をして買ってきた代物で、ここまで登った自分へのご褒美にここで食べようと決めていた。
実はまだ他にも、カスタードシュークリームとかゴマプリンとか。
幾つかスイーツが買ってある。
その記念すべき一つ目を小さな透明スプーンで掬い、私はパクリと一口食べた。
「ん、美味し!」
コンビニスイーツの良い所は、意外と美味しい事だと思う。
ちょっと高い事もあるが、いつでも買えてちょっと贅沢した気分になれる所がとても良い。
その上ここは見晴らしもよく、今日は晴れていて暖かい。
ロケーション的にもかなり良い。
ちょっとした美味しい贅沢品を良い所で食べるのが、最高じゃない筈がない。
そんな不変の法則を、私は改めてしみじみと再確認した。
と、その時だ。
「おいお前っ!」
低くて少し甘さを感じさせる声が、後ろから掛けられた。
誰の声かなんて事、議題にするまでもない。
間違える筈が無い。
だってそれは昨日私を助けてくれて、今日「あわよくば会えないかな」なんて淡い期待を抱いた相手の声なんだから。
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