第2話 それは正に、『人外』と形容するに相応しい



 まるで矮小なヒト如きが触れてはいけないような荘厳で神秘的な雰囲気を身に纏ったソレは、開かれた扉の前に胡坐を掻いて座っていた。


 膝の上に頬杖を突きこちらを眺めてくるその瞳は、最初は眠そうで無関心だ。

 しかしそれが、私を見つけてピクリと動く。


「――あぁなるほど、お前『視える』ヤツか」

 

 ニヤリと口角を上げて発せられたその声は、低くてちょっと甘さも持っていて、やはり人を惹きつけた。

 そんな彼に一層の事惚けていると、彼はすぐに「おや」という顔になって片膝をついて立ち上がり――瞬間。


「――っ!」


 私は驚き身を固くした。

 当たり前だ、5メートルはあっただろう距離を、たった一つの跳躍で一気に詰められたんだから。



 私のすぐ目の前に置かれた賽銭箱の淵にトッと音を立てて着地すると、長い袖が少し遅れて重力に倣う。

 そのまま箱に座り私の顔を覗き込んだ彼は、余裕綽々という感じだ。

 やはりというべきか、おおよそ人に出来るような事じゃない。



 そんな彼が「何だぁ? お前」と、片眉を上げた。

 

 ちょうど目の高さが合うからそれだけでも顔が近いのに、更に顎を掴まれ引き寄せられて、ほぼゼロ距離になってしまう。


 本来ならば頬を赤らめる所なのかもしれないが、突如としたその行動に私は上手く反応できない。

 少なくとも初対面の男性が女性にしていい扱いじゃないけれど、彼はそんな事などまるで歯牙にも掛けていない。



 近付いた彼の瞳は、私が見ているように見えて、私なんて見ていなかった。


「鈴で俺を呼んでおいて、賽銭までしておいて。そのくせいつまで経っても願い事を言わねぇから『変な奴だなぁ』と思ったら……」


 まるで私の奥にある『別の何か』を観察するような目で、息がかかるくらいの近さで放たれたその声には邪険さが籠っている。


 しかしそれは、あくまでも聴覚のみに頼った場合の事だった。

 今目の前にいる彼を見ればこれまた誰もが、間違いなく『違う』と分かった事だろう。


「俺は例えば家内安全とか、そういう『平穏な願い』を叶えたい神なんだよ。だってのに……」


 案の定、ついに言葉にまで隠しきれない情が顔に滲む。


「――そんな物騒なモノを祓ってもらいに来た訳か」


 そう言った彼は、まるで肉食獣であるかのような獰猛な笑みを浮かべた。




 もしこれで本当に私を邪険にしてると言うのなら、この世の全てがきっと嘘に成り下がる。

 彼を見て、私はそんな風に思った。


 が、そんな余計な事を考えているせいか、肝心な所には、思考が全く回ってくれない。


 物騒なモノ?

 祓う?


 私の頭は完全に状態だ。



 そもそもが、把握しきれない状況下に置かれて軽くパニックが起きている。

 その上そんな言葉を積み上げないでほしい。

 キャパオーバーも良い所だ。

 


 が、そんな私を置いてきぼりにして状況は加速していく。


「まぁ良いだろう。この俺が、お前の憑き物を見事に払ってやろうではないか」


 そんな言葉とほぼ同時に、彼の人差し指と中指の先が私の額をトンッと押した。


 瞬間。


 体から力が抜けた。

 何かが吸い出されるような感覚だ。

 まず足に来て隔離とひざが折れてしまい、崩れ落ちそうになる体を慌てて賽銭箱に手を突いてどうにか支える。

 が、それさえ抜けて最後には寄っかかる形でズリリッと床まで下がった。


「抜けたな」


 そう呟いた彼には、もう私なんて眼中に無い。

 視線は既に私を通り過ぎた鳥居の方へと向けられている。


 美しい金色にゆらりと愉悦の光が混じり、次の瞬間には消えていた。

 私の心も体もその全てを置き去りにして、彼は賽銭箱の上から飛び、一拍遅れて後ろでカランと音がする。


 首だけで振り返れば、鳥居からこの神殿に向かって伸びる石畳の上に彼は居た。

 


 始めて見た彼の後ろ姿は、私なんかより多分20センチは背が高く細身だった。

 なのに何故か頼りなさは微塵も感じさせないような、そんな不思議な雰囲気がある。


 腰のあたりには耳と同じ色をした尻尾のようなものが生えていたが、それさえ気にする暇は無い。

 いつの間にか持っていた赤い番傘をバサリと開き、柄の部分をトンッと肩に掛けて差したせいで、彼の顔が見えなくなった。

 が、何を見ているのかはそれでも分かる。


 ――鳥居の前に、何か黒い靄のようなモノが在るのだ。


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