憑き物落としのオオカミさんは、『家内安全』を祈願したい……らしいけど。 ~たまたま行った地元の神社でケモ耳男子と出逢たけれど、これはこれで仲良くできそう~
野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中
第1話 無信心な私の前に現れたのは
神社の一角。
神殿の奥に、綺麗な男が立っていた。
白衣の紳士服を身に纏い、紅い傘をさして。
カランと石畳を鳴らす、赤い下駄を履いていて。
「あのなぁ、俺は例えば家内安全とか、そういう『平穏な願い』を叶えたい神だってのに……」
白く透き通るようなのは肌だけじゃなく、髪もまつ毛も、そして何より頭から生やしているケモノの耳も真っ白で。
どう見ても、異形で異常。
これまで生きてきて一度たりとも心霊や妖怪の類を見た事も無ければ信じてもいなかった私にとっては、それだけで恐怖を抱いてもおかしくない光景だ。
それなのに、何故か私は怖くはなかった。
それどころか、もっと荘厳で神様的な、矮小なヒトなどが触れてはいけないようなものに私には見えて。
自ら光でも発しているかのようなはっきりとした金色の瞳に目をくぎ付けにされて。
「――そんな物騒なモノを祓ってもらいに来た訳か」
だからその人型が自ら『平穏』という言葉を口にしておきながらまるで餓えた肉食獣のような獰猛さで笑った時、私は「あぁ、彼はきっと【そういうモノ】なのだろう」と嫌に納得してしまったのだ。
***
事の起こりは数十分前、山の神社を目指したところから始まる。
その場所は、どうやらそれなりのパワースポットなんだそうな。
だけど私は、地元であるにも関わらずこんな場所があった事さえ知らなかったくらいにはその手のものに興味が無い。
神様や仏様を頑なに信じていない訳ではなくても、信じようとも信じたいとも思っていない。
幽霊や妖怪の類も、見た事が無いので信じていない。
そういう人をもし『無信心者』と呼ぶのならば、きっと私はそうなんだろう。
では、そんな私がなぜ今こんなに息を切らして長い階段を登っているかというと、ひとえに暇つぶしの為という当初の目的と「一度始めた事は最後までやり通すべき」という大人特有の意地とが絶妙コンボで嵌ってしまった結果だったんだと思う。
辿り着いた先にあったのは、何の変哲もない神社だった。
どうやら管理はちゃんとされているようで小綺麗にはなっていたが、手洗い場も社も賽銭箱もかなり年季が入っている。
決して観光用の神社の様な綺麗さではない。
むしろ地域に根付く自然と共存しているタイプの神社だった。
それなのに、何故か下に居た時よりも、ずっと呼吸が楽になったような気がした。
胸のつかえが薄れた様な、そんな気持ちにさせられた。
信心深い人だったなら、ここで「ここは神社だから神聖な空気がきっと流れてるんだろう」とでも思うんだろうか。
が、私は生憎そうじゃない。
「……プラシーボ効果って、良く言うよね」
そんな事を呟きながら、ヨロリと一歩踏み出した。
うろ覚えの神社の作法に則って手を洗い口を濯ぎ、社殿の前へと足を運んだ。
社殿もやはり、それほど大きい事は無い。
一番奥には固く閉じられた扉があって、その一段前にはお神酒や玉串が供えられている。
そして目の前には賽銭箱、まるで居座るかの様に、デンと地べたに鎮座していた。
どこの神社とも変わらない。
唯一気になった物といえば、社殿の中に石像が入っていた事くらいか。
(……犬、かな)
それを見て「そういえば、確か私がここに来るキッカケになったあの大きな案内板にも、犬が描かれていたよなぁなんて思い出す。
そういえばここまで来ておいて何だけど、実は私ここに一体何の神様が祀られているのかも、どんなご利益があるのも全く知らない。
調べようにもスマホはうっかり家にあるし、それが書いているのだろう看板も年季が入りすぎてて全く読めない。
そんな風に思い至って、しかしすぐに「まぁ良いか」と思考をどこかに放り投げる。
どうせ叶えてほしい願いがある訳でもなし、もう適当に拝んで帰ろう。
そう思い、ポケットに何故か入っていた五円玉を賽銭箱に放り入れ、鈴を鳴らして『二礼二拍手』で静かに拝んだ。
その時だった、前方からガタンと音がしたのは。
おかしいな。
まずそんな風に思った。
前方にあったのは、確か賽銭箱と神殿だけの筈だ。
供え物はあったけど、風だって吹いてない。
何かが倒れる筈も無い。
だから恐る恐る目を開ける。
すると、神殿の奥。
先ほどは確かに閉じていたあの扉が、どういう訳か開いている。
そしてその前に、一つ人影があった。
――とても綺麗な人だった。
蹴鞠でも始めそうなその服は白。
だからなのか、その裏地の綺麗な朱色が実に鮮やかで目を引いた。
しかし何よりも私の目を釘付けにしたのは、その瞳の美しさだ。
日陰でも煌めくその瞳の色は、見紛う事無き黄金色。
肌は透き通るような色白で、それ以上に髪の毛とその上に乗ったケモノの耳の色素は完全に抜けていて。
どう見ても、異形で異常。
でもそれ以上にこんな私にも「『人外』と形容するに相応しい」と思わせるくらい、あまりにも彼の顔は整い過ぎていた。
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