第2話 魔法の国 兄と少女

 誰から逃れているのだろう……


 無人の廃墟の小屋に積み重ねられた木箱の陰に身を隠す。

 かつてのあいつはこんな気持ちだったのだろうか。

 

 かつて神が治めていた世界から10年後の世界にこうして自分も今……

 存在している。


 少なからず……彼らの言っていた因果というものが俺にも絡んでいたのだろう。



 魔法が栄えた国、レジストウェル……

 その三大勢力とも呼ばれるミクニと呼ばれる家計の長男である。


 ミクニ ジン。


 出来損ないの弟の反乱により、その地位も名誉も失った。

 そう世界が修正されたというべきだろうか。



 魔力の無いあいつは……こんな風に自分の身を存在を無かったように……

 こうやって……毎日身を潜めていたのだろうか……



 「……少しだけ言い訳をさせてくれ」

 そう誰でもない誰かに囁く。


 最初は守ろうと思ったんだ……

 三大勢力と呼ばれるミクニ家、長男としての威厳を……

 そして、それを持たぬ弟の自慢である兄の立場を……


 魔力無き弟を……その舞台の外に追いやり……

 後は、兄として俺が全てを請け負うつもりだったんだ。


 結果、それはあいつを追い詰め……

 そして、俺はあいつの自慢の兄という立場より、

 ミクニ家の長男という立場を優先し、

 あいつをあの世界から追放しようとし……返り討ちにあった。


 そして……俺は誇りあるミクニ家の長男にも……

 あいつの憧れる兄にももう戻ることはできない。



 それどころか、かつてのあいつのように、この国の落ちこぼれとして……

 こうして身を隠すような存在まで成り下がった。



 紅い月の光が……割れた窓から突き刺すように照らしている。


 紅い光に混じるように、己から黒い霧のようなものが出ているのが見える。


 「……カミオチか、俺みたいな奴は恰好の餌食なのかもしれないな」

 まるで他人事のように鼻で笑い飛ばす。


 最後くらいは自分で決める……魔法銃を自分のこめかみに当てる。


 それと同時に何処からか小さな少女の叫び声が聞こえた。



 気を反らされ、右手を下げるとその場から立ち上がり、声がした方に歩いた。




 紅い月の夜……オチガミが盛んに動く時間。

 そんな夜にどうして……小さな少女が一人歩いているのか。



 そんな疑問はあったが、手にした拳銃を自分では無く、目の前のオチガミに向かい2発、銃弾を発射した。


 オチガミは驚いたように、その場から逃げるように姿を消した。



 「……大丈夫か?」

 そう目の前の3歳か4歳くらいだろう少女に話しかける。


 「うん……ありがとうお兄ちゃん」

 そう言われ、少しだけあいつとの過去を思い返すが……

 すぐに別なことを考え打ち消す。

 今更、あいつに兄として……何かを成そうとしたなど……

 全て捨てようと決めたはずだ。


 「……こんな時間に一人で何をしている」

 こんな紅い月の夜に……いくら小さな子供といえ、それが危険な事くらいはわかるだろう。


 「……お母さんを待ってる」

 そう少女が続けたが、ジンの顔はさらに険しくなる。


 「……母さん?こんな時間に、こんな場所で?」

 それは、どんな親だ。

 少し怒りを覚える。

 こんな時間、こんな場所にこんな小さな子供を待たせる?



 「……ねぇ、お兄ちゃん、わたしと遊んでくれる?」

 少女はそうジンの袖を掴んだ。


 「……勘弁してくれ、俺にはお前みたいなガキの扱い方はわからない」

 そう素直に声に出す。


 「……帰っちゃうの?」

 悲しそうに少女は言う。


 「……お前の母さんが迎えにくるまで……一緒にはいてやる」

 そうジンは返す。



 小さな公園。

 魔法の国で唯一、魔法の概念を持たぬ……公園。

 

 その砂場で、無愛想に見守るジンの側で少女は公園の砂場で小さな山を作っている。



 「ねぇ……お兄ちゃんは、魔法は使える?」

 少女はそうジンに話しかける。


 「あぁ……」

 この国では……当たり前のことだ。



 「すっごぉーい、ねぇ、私に教えて」

 少女はえへへと笑いながらジンを見た。


 ……理解するのに少し時間がかかった。


 「私ね……出来損ないなの」

 弟の顔が脳裏に浮かぶ。


 「魔法が使えないお荷物なの……だからね……」

 成せなかった過去の未練……


 彼女が今……こんな紅い月の下にいる理由……


 親が、そんな彼女を置き去りにしたのか……そんな残酷な推測と……

 そんな自分を……親は捜しに来るのか……という彼女の挑戦と……


 俺にはわからないけど……


 そんな……弟のSOSに気がつかなかった俺が……今更かも知れない……


 この世界で居場所を失った……俺が……


 過去の後悔を……埋めたいという理由で……


 俺はそれを口にしていいのだろうか……



 「……どうしたの、お兄ちゃん」

 ジンはそっと少女に近寄るとその頭をやさしく抱えた。



 「必要な時は俺を呼べ……お兄ちゃんがお前を助けてやる」

 紅い月が俺を照らす……黒い霧が宙に舞う。

 俺は……何回その声を聞いて助けてやれるのだろうか……


 その少女を弟と重ね合わせ……


 そうすることで、俺はこの世界に分かつ自分の存在を……その少女をあいつと重ね合わせることで……俺は俺の居場所を……



 「ほんと……?」

 期待に満ちたような綺麗な瞳をジンに向ける。


 「……あぁ、だから……この最後までは……お前のお兄ちゃんでいさせてくれ」

 その言葉の意味は理解しなかったけど、少女は凄く嬉しそうに微笑んだ。

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