第37話
「心配することはないわ。すでにノゾミはこの時代に戻ってきている」
三人は例の場所へと急いでいた。
廃墟の教会だ。タイムリープでノゾミは過去を改変したか、有益な情報を持ってこの時代に戻ってきたはずだ。
すでにノゾミは過去に跳んでおり、例の場所の石櫃を開けるのは問題ないはずだ。
「そうかしら」ナナは硬い表情のままだった。
「あの禍々しい魔力をまだ感じる。そして私の魔力も弱っていっている。つまり問題は解決していない」
「だとしても情報は有益よ。ノゾミと再合流して今度こそ対策を立てるわ。それはあなたにも付き合ってもらうわよ」
「約束はできない」
ナナは首を振る。妹を失った彼女は心を閉ざしている。
「そんなことを言ってる場合じゃ……」
走っていたホノカが息を切らしている。
「大丈夫か?」
「なんだか魔力が薄くなっている。きっとこの時代に来た魔法少女同士は魔法を介してリンクしている。あの何者かの魔力が強まれば、きっと私たちの魔力は失われる」
この世界にホノカが存在できるのは魔力のおかげだ。失われたら実体も消えてしまう。タイムリープしたノゾミのように、実体だった物質だけを残して消えるのだ。
「フリー自転車を借りよう」
東京はフリーで借りられる電動アシスト付き自転車のスポットがいくつもある。東京オリンピックの外国人旅行者のために設置されたのだ。様々な事情で縮小開催され、東京にはその夢の残骸が放置されている。
椎名はスポットを見つけると、装置にカードをかざして自転車のロックを外す。
「ナナも乗れ」
息切れしているナナに言う。
「三人で乗って移動なんて」
「そのくらい簡単だろ。お前は未来から移動してきたんだから」
結局椎名が自転車をこぎ、ホノカが荷台に座り、レナがその後ろに立って乗る。
「なんかごちゃごちゃ」
窮屈な場所に座るホノカが文句を言うが、構わず椎名は自転車を走らせる。
ノゾミのことが心配だ。たとえ魔力というものがあるとしても、七年近くも体を維持できるものなのか。それともあちらで生活基盤を固めてから寝たのか? そうだとしたらノゾミが椎名より年上になっているという可能性もある。
果たしてどうなっているのか……。
「綺麗だね、この街」
背後からそんな声が聞こえた。
「そんな景色も見ることなく、レナは消えた」
それはナナのつぶやきだった。魔力を失い消えたレナはどうなるのか。ナナがレースに勝てば、未来で生まれてくるのか。だが、妹を失ったばかりの彼女に聞くことはできない。
市民聖苑の横を抜けて走り、自転車は大きな公園に入る。
「この公園も綺麗なまま。ママが撮った映像でしか見たことがなかったけど、それがそのままあるなんてね」
その穏やかなナナの口調には、諦観が含まれているように思えた。
「ここからは走ろう」
公園の端に到達し、そこで自転車を乗り捨てた。
そこから再び走り、穴の空いたフェンスを潜り抜けたところでホノカが何かを察した。
「おかしい。前にわずかにあったジャミングが消えている、ような気がする」
「必要なくなったってことだろ」
もう例の場所を隠す必要がないからだ。と思いつつも不安が募る。
「一応、警戒なさい。相手もこれを予想している可能性もある」
焦るホノカと椎名に対して、ナナは冷静だった。
「これがレースだった場合、もう終盤よ。もしもノゾミによって問題が解決していた場合、休戦協定も終わり」
「ええわかってる。でも、まずはノゾミよ」
ホノカたちが戦った場所を抜けて、例のあの場所へ……。
教会の十字架が見えた。椎名は崩壊した入口から中に走り、そして唖然とする。
「…………」
そこは例の場所ではなくなっていた。咲き乱れていたはずの花もすべてしおれている。穴の空いた天井から差し込む日差しは、無残な教会の残骸を照らしてる。
「いや、あるわ。あの石棺はある」
ホノカが指さしたのは石櫃だ。過去に跳んだノゾミが保存されている場所。
心臓が高鳴った。ノゾミは孤独な七年をどうしていたのか。うまく問題を解決できたのか。そして頼れる人はいたのか。息苦しさとめまいを感じ、視界が揺れた。足が震えていた。
冷たい石櫃を前に椎名は後悔した。行かせてはいけなかったのでは? もっと他に方法はなかったのか? たとえ成功してたとしてもこんな冷たい石の中に長い間……。
背中を叩かれ我に返る。促しのたのはナナだった。
「ああ、まずは開けよう」
同じくぼんやりとしていたホノカに声をかけ、椎名は棺の蓋に手を添える。
蓋はとても軽い。合成素材のイミテーションだ。こんな薄っぺらい箱が七年もノゾミを守れたのか……。
「行くぞ」
声をかけて、三人で蓋をずらす。
※次回更新は1/4です
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