第36話

 川がいずれは海に出るように、時間の流れのルートも決まっている。

 椎名たちは昼下がりの河原にいた。


「私はあれから過去が揺らいだ原因を探っていました。それがこの時代に来た本来の目的でもあり、知るべきことだと思ったから」


 ノゾミの右腕は布で吊り下げられていた。ナナとレナとの戦闘により負傷したままだ。


「それでわかったの?」


 ホノカの問いにノゾミは首を振る。


「わかりません。ただ椎名さんをマークしていると妙な動きを感じました。ジャミング能力を持つものと接触していると」


「つまりそれが幼馴染?」と、ホノカが顔をしかめる。


 さらわれたのだ。だが彼女の名前すらわからない。顔もぼやけている。自分の記憶があやふやなのは、やはり魔法が関与しているからだ。


「魔法が関係しているのは確かでしょうね。ただこの時代の人が使えるはずがないので、利用されている可能性が高いです」


「そんなことはどうでもいい」議論に割って入ったのはナナだ。


「問題なのは生まれてはいけない存在が誕生したこと。あれはまだ生まれたてで制御できず莫大すぎて一部しかこの時代に来られていない。でも、時間が経てばトリップが完了して必ず私たちは殺される。いや、それよりもあの存在自体がいてはならない」


 幼馴染とのフラグを立ててしまったがために、そうなったというのか。


「もしかしたら機構が関係しているのかもしれません」


「機構ってあれか?」


「魔法を解明しようとする集団があり、私をサポートして世界を秩序に導きました。でも、その集団は途中で分裂しました。そして魔法を悪しきことに利用しようとしたサイドを私たちは機構と呼んでいます」


「でもおかしいわ。機構といえど時間に介入することはできない。それができるのは世界で私だけだった。あなたの血を引く私たちだけ」


 ホノカの指が向いた。魔力と時間を繋げられたのは自分の血を引く魔法少女だけだという。


「とにかく彼女の足取りを追わなければなりません」


 だがナナは首を振る。表情には怒りとあきらめが複雑に混ざっている。


「それは無理よ。これが計画的なものだとしたら、彼女がどこに行ったかわからないし、私たちに探すすべはない」


「でも探さないと私たちは終わるわ」


「私たちは終わりよ。見たでしょあの禍々しい魔力を。もうどうにもならない。そしてあんなのが生まれたら未来だって」


「だからまずは正体を調べるべきでしょ」


「だからどうやって!」


 ナナの怒声が河原に響いた。場が静まり、川の流れる音が聞こえた。


「やっぱりどうにかして彼女を探すしかないよ」


 椎名は体を震わせるナナの肩に手を置いた。どうして自分の幼馴染がキーパーソンとなっているのかわからないが、だからこそ見つけないといけない。


「彼女がいるのは本当なんだ。中学生の時には五月の祭りにも一緒に行ったし夏にはプールで泳いだ。秋のキャンプイベントにも一緒に参加したし、目黒に無料のサンマを食べに行ったことも覚えている。大雪が降って公園で雪だるまだって作った」


 はっきりと思い出が存在する。


「前にも言ったけど、私たちは隠れるのは得意だけど探すのは苦手なの。戦う相手はいつでも暴走した魔法少女であって、魔法をコントロールできる存在じゃなかったから」


「でも見つけないと」


 ホノカに答える。彼女は一般人だ。何らかの悪意に利用されようとしているに違いない。スマホを確認してみるが彼女の番号はない。電話番号まで消されている。


「一つだけ方法があるんです」


 ノゾミに視線が集まる。


「今から探しても見つからないでしょう。家もそうでしたが、あれだけ痕跡もなく隠されては追跡できません。ですから、今からでは遅いならばもっと先に探せばいいのです」


 もっと先。つまりもっと過去ということか?


「過去に跳ぶには制約があります。まずは私たちのように特別な存在だけが時間と魔力をシンクロできます。そして跳ぶにはフラグと呼ばれる目印が必要。私が目標としたのは椎名さんが階段から落ちるママを助けたとき。あのときママは異性として意識し、私が誕生するというフラグが立ったから」


 ノゾミは再びそのフラグを使おうというのか。


「そのフラグは一度使ったらもう無理だわ。跳んだ瞬間に目印は消失する」


 ホノカの否定にノゾミもうなずき、そして椎名に向く。


「覚えてますか? 私が跳んだとき少しだけ迷ったと。結果的に目立ったフラグに跳びましたが、小さな目印はもう一つありました」


 椎名はノゾミを見て思い出した。昔はノゾミのように髪が長かったあの少女……。


「リンゴの樹の話か?」


 それは七年前。椎名すらも忘れていた咲希との出会いのシーンだ。木から降りれなくなった咲希との出会いは、ノゾミと密接に関係している。

 だが、それは椎名と咲希が十歳の時代だ。そんな時代に跳ぼうというのか。


「無理よ。ただでさえこの時代に跳んで私たちの魔力の大半は失われている。それなのにそんなあやふやな目印に跳ぶなんて」


 ホノカが止めたが、ノゾミの意志は固い。


「やるしかありません。七年前に跳べば椎名さんの幼馴染も見つかります。そして彼女がどうして利用されたのか私は調べます」



※次回更新は12/30です

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