第35話

 過去に魔力を跳ばせるという能力。この時代に来たように再び跳ぶのだ。

 だがそんなことができるのか……。


「もしも過去に跳べたとして、ここに戻ってこられるのか?」


 問題解決をしたとして、どうやって戻って来るのか。ワームホールの出入り口はあくまでもノゾミが跳んできた未来にある。


「まずこれより過去に跳べるかはギャンブルになります。それでも万馬券を当てるよりは可能性はあります。でも成功したとしても私はほとんどの魔力を失うでしょう。過去に魔力を跳ばし、さらに体も構築せねばなりません。自分の自我さえ保てるかどうか……」


「一方通行ということか?」


「戻ってくる方法はあります。それはスリープ。魔力の消費を極限状態まで落として眠り、この時代に戻ってきます」


「魔力の消費を極限まで落として体を維持する。もともとこの体は借り物だからできること」


 ホノカが補足してくれるが別の問題も生じる。ノゾミがこれから跳ぶのは七年前だ。もしもタイムリープに成功して幼馴染について調べがついたとしよう。


「スリープするにしたって、七年間もどこで過ごすんだ?」


「そのことについてずっと考えていました」


 ノゾミは小さくうなずく。


「そして私が過去に跳ぶのは、決まっている運命なのではと確信したのです。私は過去に跳んだ私がどこでスリープしているかに思い当たったからです」


 椎名とホノカは顔を見合わせる。ノゾミはすでに跳んでいるということなのか?


「体を保管するならば目立たない場所がいいでしょう。それでいてママのいる街で眠りたい。そして微力ながらもジャミングの魔法をちりばめれば、きっと人が近づかないはず」


「そんな都合のいい場所なんて……」


 椎名はふとこの街の不思議な場所を思い出した。誰も近づかないスポット。いや、椎名以外はほぼ近づけなかった。それが椎名に関係しているからだとしたら……。


「……例の場所」


 廃墟の教会。あの不思議な場所だ。


「はい。もしもうまくいったとしたら、私はあそこに眠っていることでしょう」


 椎名はごくりと唾を飲み込んだ。この今、ノゾミは重なって存在する可能性がある。


「そこに行ってみるべきか?」


「いいえ、そうすれば魔法と時間の関係が崩れて私は消えてしまいます。ですから、まずは私が過去に跳ぶという順序を守らねばいけません」


 沈黙が流れる。ノゾミは過去に跳ぶことが決まっているという事実。


「……あなたは、それでいいの?」


 口を開いたのはナナだった。


「たとえリープが成功しても、あなたはレースから脱落することになる」


 そんな問いに、ノゾミは薄く笑った。


「この悪意の原因を探すのは私たちの仕事でしょう。それに私は降りたわけじゃありません。まずは原因を究明し、そしてみんなで解決しましょう」


 椎名はノゾミの強さを見た。こんな小さい子供が世界のために戦っていたのだ。


「ホノカ」ノゾミがホノカに近寄る。


「そんな顔しないで。ただ子供のころのママを見てみたい、という理由もあるんです」


「わかった。最初はただの揺らぎかと思った。でも何かがおかしい。それは解決しなきゃいけないもの。でも、少しだけ希望がある。それは一人じゃないってこと。みんなで協力すれば絶対に解決できるわ」


「ええ、そうです」


「レースはそれからよ。あなたに押し入れの上段を返すから、あの家に戻ってくるのよ」


「家事は当番制にしますからね」


 ホノカとノゾミが抱き合った。

 しばらくしてノゾミはホノカから離れ、ちらりとこちらを見た。


「リープの成功は決まっているので心配ありません。それに何かがあったとしても、あなたは無関係ですから」


 椎名はノゾミに冷たく突き放された。


「ノゾミ、もしも金に困ったら、咲希が登ったリンゴの樹の根元を掘るんだ。五百円玉を拾って埋めたのを忘れて、そこがアスファルトの駐車場になったことをずっと後悔していた」


「心配することはありません。私にとっては七年の旅ですが、あなたたちには一瞬ですから」


 平然とノゾミは言ってのけた。未来で戦い続けた彼女は強い心を持っている。


「それでは時間がありません。こうしている間にもあの存在は魔力を増しています。そうすれば私たちは終わりですから」


 レナを消滅させた力。それは椎名とその幼馴染の子供なのか……。


「どこでやる?」


「ここでいいでしょう」


 ホノカに答え、ノゾミが河川敷の橋の下に移動する。

 河川敷の周囲には誰もいない。空に広がる赤と黄色の大きな輪が見えた。ホノカとナナがジャミングを使っている。


「椎名さん」


 ノゾミに呼ばれて近寄った。


「髪をポニーテールに結んでもらえますか?」


「咲希と同じ髪型に?」


「ママの忠告の一つにポニーテールに気をつけろと。『これは大切な人の前でしかほどかない』って言ったら他の髪形にできなくなったと。ほどけたのはあなたと恋人になったとき。ちなみに咲希ポイントとやらの借金は私が生まれたときに返済できたらしいのでご安心を」


「そっか」


 髪を丁寧に縛ってやると、ノゾミはくすっと笑った。


「あなたにこれを預けておきます。これは過去に持っていけませんから」


 ノゾミが取り出したのは馬のキーホルダー。咲希に買ってもらったものだ。


「預かるだけだぞ」


「ええ、ちゃんと返してもらいます」


 椎名はノゾミからキーホルダーを受け取った。


「それでは……」


 肩ひもをほどいたワンピースが、すとんとノゾミの足もとに落ちる。

 彼女の体が青い光に覆われている。魔法が発動している。


「行ってきます」


 一瞬だけノゾミと目が合った。その視線にわずかな恐怖が混ざっていることに気づき、思った。――止めねば。


 が、遅かった。青い光が四散し目を閉じる。それは莫大な魔力の爆発だった。


「ノゾミ……」


 再び目を開けたときには、ノゾミの姿は消えていた。

 どろりとしたどす黒い液体が広がり、ワンピースだけが残されている。


 ノゾミは過去へと跳び、椎名はただ虚空を見つめた。


※次回更新は12/27です


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