第31話
椎名は抱きかかえる凪をアピールした。ここにいるのは凪ではなく一ノ瀬静だ。
映画研究会のエピソードを思い出した。最初に入部届を出したのは静だったらしい。だが、男は入部できないというルールがあり、後に男である凪が入部することになる。
――入れ替わっていたのだ。
映像を撮りたい静が凪に成り代わるメリットはいくつかある。
まずは映研への入部。そして学校で一学年上という事実は大きい。凪が先輩だからこそ、椎名たちは部下のようにこき使われていた。
「ここにいるのは一ノ瀬静だ。そしてお前たちはこの子の子供だ」
どさっと木から落ちたのは、双子の姉のほうだった。少女は目を丸くして凪、ではなく静に視線を向けている。
「俺と先輩、じゃなくて静と撮影してて、いい感じになったから……」
「なにフラグ立ててんだよお!」
ホノカの叫びが廃墟に反響する。
「あんたこれ以上ごちゃごちゃにしてどういうつもり?」
「あなたの脳は学習機能が破損しているのですか? 甲斐性もないのに種をばらまくとは!」
ホノカとノゾミは唖然とした顔を通り越し、涙ぐんでいる。
そんな前で双子が姿を見せ、じっと静を見つめている。
「ママ?」
そうつぶやいたのはおそらく妹のほうだ。そして椎名と視線が合った。
「じゃあ、あなたがパパ?」
「うん。君も信じられないだろうけどそれは俺も同じだ。でも、この子たち、ホノカもノゾミもそうだった。フラグという座標を目印に揺らいだ原因を探ろうと未来からやってきた。君たちもそうなんだろ?」
ただ子供が増えただけだ。大したことではない。
「ええそうよ」
姉はまだ油断せずに妹を制している。
「私たちは世界に秩序を取り戻した。でも、自分たちの過去が揺らいでいるのを知った」
やはり同じだ。並行世界から子供たちが来てしまった。
つまり揺らいだ原因ではない。ただ目的地までのルートがまた一つ増えただけ。
「名前を聞いていいか」
「私は奈凪(ナナ)。そして妹は玲凪(レナ)。あなたは椎名さんね」
ナナと名乗る姉が椎名を見る。ホノカとノゾミもそうだったが、どうも父親とはよそよそしい。未来の自分はいったい何をやっているのだ?
「ねえ、ちょっといいかな?」
軽い声を出したのは妹のレナのほうだった。
「ママを確認する必要があるっていうか……」
恥ずかしそうにしているレナは、静を気にしている。
「いいよ。そのくらいいいだろ?」
椎名は一ノ瀬静を抱えながら、ホノカとノゾミから距離を取る。
ナナは止めなかったが警戒は解いていない。ホノカもノゾミもそうだ。
「えへへっ」
そんな緊張感の中で、レナは無防備に椎名に近づいてくる。似ていると思った。その笑い方はあの傍若無人な先輩そのままだ。
「本当なら抱きしめてもらいたいんだけどなあ」
椎名は一ノ瀬静を地面に置くと、ぎゅっとレナを抱きしめてやった。
「え、え?」
椎名に抱かれたレナが硬直し、しばらくしてからばっと飛び退いた。
「ちょっと、君じゃなくてママに抱きしめてもらいたいって意味だったの!」
「あ、そうだったのか」
「まあ、別にいいけどさっ」
レナが照れたように頭をかいている。
その横ではしらっとした空気が流れていた。ホノカとノゾミ、ナナの表情も冷たい。
「俺と君のママとは、大切な用事があってここに来たんだ。知ってるか、これ」
椎名はエナジードリンクをレナに見せた。
「昔のエナジードリンクは武骨だねー。私の時代はパウチタイプだから」
「このエナジードリンクのCMの元となる映像を撮ってたんだ。ほら、知ってるだろ。エネ、チャー、ジ!」
椎名があのポーズをやって見せたが、レナはきょとんとしている。
「これ、私の時代にないメーカーだけど」
椎名は愕然とした。一ノ瀬凪、いや静との子供が生まれる未来では、このエナジードリンクは消えてしまうというのか。
「ホノカやノゾミの時代には残ってるはずだった」
「未来が分岐するのね。つまりこれはレース。未来への道を決定づける戦い」
ナナがそう結論づけた。
「いやレースじゃない。まだ君たちがここに来た原因だって……」
「レナ、戻りなさい」
姉に言われ、レナは名残惜しそうに一ノ瀬静の頭をなでてから離れていく。
「レースだとして、いいの、ここでやって?」
ホノカが気を失う一ノ瀬静に近づく。
「それは脅し? だとしたら私たちもやるけど?」
ナナはホノカと視線をぶつける。
「彼女たちを巻き込まないでくれ」
椎名は静を抱え上げきっぱりと言った。一ノ瀬静も凪も、花翠も咲希も関係ない。
「まず話し合わないか? こうしてホノカとノゾミは一緒に暮らしてる。未来が揺らいだのは何か原因があって、まずはそれを探ることだろ」
「椎名さんは映画を観る?」
ナナは建物の陰に半身を隠している。
「お前のママに強要されるから観るよ。二倍速でな」
「そんな映画に話し合いで解決したストーリーはあった? 恋も戦争も話し合いで解決したケースはない。原因を探るのは賛成よ。でも、どこかでライバルは消さねばならない」
そのきっぱりと言うナナは凪、いや静にそっくりだった。目的のためには双子の入れ替わりを画策するような、手段を選ばない行動と思考。
「椎名さんは、彼女たちは関係ないと言ったけど、このレースにあなたも関係がない。私は彼女たちの母に手を出す気はない。そんなことをすればあなたに深いトラウマが残り未来が大きく変わるから」
「お姉ちゃん、今やるの?」
「いえ、いったん退く。まずはママを安全な場所に戻しなさい。……あと、これは忠告。映画を倍速で観てはならない。たとえばウサイン・ボルトの走りを二倍速で観て何が得られる? 未来でも破られていない9・58秒に価値があるのに4・79にしてどうするの?」
ナナは一瞬だけ静を見て、すっと姿を消した。
「またね。えっと、椎名さん? 君? ……パパかな」
レナも椎名にウインクしてから、消えた。
「油断しないで。まだわからない」
ホノカはそれでも警戒を解かず、しばらくしてから魔力を消した。同時にノゾミが膝をつく。
双子との初対面はこうして終わり、ノゾミは大きな代償を払うことになる……。
※次回更新は12/3です
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