第28話

「まだ完全に解明されたわけではありません。ですからこれは仮説なのですよ」


 ノゾミが震える椎名の手を握ってくれた。


「たとえば俺が死んだらどうなる?」


「運命は変わりません。二つのFポイントは必ず通ります。もしかしたら血の権利のようなものが他人に譲渡される可能性がありますし、別の形であなたの遺伝子が残るかもしれません」


「そんなあやふやな」


「そう、あやふやなの」


 ホノカが空き缶を捨てて立ち上がる。


「何故だか私の過去が揺らいでいた。私がやってきたのはその揺らぎを調べるため。何をしようとも未来は決まってる。でも、決まった未来に行くのなら私を使ってほしいから」


 ずきんと胸が痛んだ。決まった目的地に向かうのに、どの乗り物を使うか。それを決めるだけのためにホノカとノゾミは未来からやってきたというのか。


「なんでちゃんと言ってくれなかった?」


「すぐ戻るつもりだったの」


ホノカが視線を逸らす。


「秩序を取り戻す世界はは変わらないのだから無視してもよかった。でも、私は魔力を使い過去に跳び原因を探る行動を取った。揺らぎの原因を知る必要があるというのは言い訳で、ただ会いたかった。私は世界の未来の安定を願い戦っていたらすべてを失ったから」


 未来を話したがらないホノカの内実。それはすでに残酷な結末が決まっているからだ。


「そしてすぐに帰るのだから、深く関わってはいけないと思ったのよ」


「でも、もう俺は知ってしまった」


 その事実を知って、自分は未来に進めるのか。


「莫大な時間が解決します。この戦いが終わればどちらかが消え、どちらかが未来に戻ります。そしてあなたは時間の流れの中で記憶が剥離していき、いつかは忘れるでしょう。時という存在は魔法よりも強いのですから」


 ノゾミははっきりと言った。この戦いと。


「俺は戦ってほしくない。問題を解決するために戦うよりも話し合いたい」


「だから深く関わりたくなかったのです」


 ノゾミは苦笑いし、ホノカと視線を合わせた。


「あのさ、もしもだけどさ、咲希と花翠さんの二人とも付き合ったらどうなる?」


 そんな問いに、目の前の二人は大きくため息をついた。


「なんでママはこんなのと……」


「魔力と愛は密接に関係しているのです。それにしてもよくもこんなクズな、サハラ砂漠ですらブーイングが起きそうな発想をするものですね」


 自分の娘からの軽蔑の視線が、痛い。


「そもそも、そんな適当なのじゃここに来られなかった。広大な宇宙の座標からここを見つけ出せたのは純真な愛があったからなのよ。……まあいいわ、帰ろう」


 ホノカはため息をつくと、ノゾミと並んで歩いていく。

 なんだか二人の後ろ姿がぼやけて見えた。

 未来は確定されている。だが、それまでの道があやふやなのだ……。

 そんな道を自分は歩けるのか。たとえば『可愛いアイシャ』という歌が未来にあるように、この街のラーメン店が残ったように……。自分は何かを作り残せるのか。自分がこれからやることは、遺伝子だけを無造作に放り投げる行為ではないか。時という存在の前で自分はなんて薄っぺらで無力なのか……。


 寄りかかった自販機を見ると、あのエナジードリンクが売られていた。これは未来に行ける。タブレットやゼリータイプになり味も変わってしまうがブランドだけは残るらしい。

 そのとき、ふとした疑問が浮かんだ。


「なあ」


椎名は二人を呼び止めた。


「あの映像二人に見せたっけ?」


「あの映像って、なんのこと?」と、ホノカが振り向く。


「ほら、このエナジードリンクのやつ」


「これでしょ。エネチャージ!」


 ホノカが決めたポーズは花翠のそれだ。だが、ホノカとノゾミに映像は見せた記憶はない。


「適当でもやったんだから笑いなさいよ。せっかく未来のCMを見せてやってんのに」


 ……未来のCMだと?


「どうしました? 決めポーズはあれですが、迅速にチャージできるので愛飲してます。せーの、エネ、チャー、ジー!」


 今度はノゾミと二人でポーズを決めてみせた。


「ああ……」


 残っているのだ。たった十秒の中のワンシーン。

 きっとあの映像は未来に行く。SNSなどで拡散され、人々の目に留まり、椎名たちが作った映像は公式なCMへと昇格する。莫大な時間の中で霧散せずに未来に繋がった。

 あの映像は未来に……。


「俺もやれるんだ」


 未来に行ける。時という存在に立ち向かえる気がした。


「俺は戦える!」


 椎名はホノカとノゾミの手をつかむと、二人まとめてぶん回す。


「ちょっと、何やってるの!」


「こんな場所ではしゃがないでください!」


 さすがにバランスが崩れ、三人で倒れてしまう。


「もう、子供じみたことするから」


「それにしても、やっぱりあのCMはこの時代の人々の感性に合うんでしょうか」


 二人は顔を真っ赤にして立ち上がる。


「ごめん、ちょっと感動して……」


 椎名は転がったスマホを拾う。画面を見ると着信履歴があった。それも十数個も。マナーモードにしていたので気づかなかった。


 相手は……一ノ瀬凪だった。

 タイミングよくスマホが震動し、通話ボタンを押すと凪の声が聞こえた。


「先輩、ちょうど話があったんです。先輩が、いや俺たちが作る映像は未来に残ります。あれシュールだからバズりますよ。そして未来の子供たちがエネルギーをチャージするんです。俺たちは莫大な時間の流れに負けなかった」


『は?』


「やっていることは無駄じゃなかった。あの映像が未来から……来た」


『いや、まだあの映像は撮り終わってないでしょ』


「完成させましょう。俺たちが作るんです」


 まくしたてる横で「エネ、チャー、ジー!」と、ホノカとノゾミがポーズを取っている。これが残ったように、彼女たち二人も残る未来があるかもしれない。

 ……そうだ、あきらめるな。


『その完成が危うい』


「え?」


『助けて』



※次回更新は11/29です

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