第25話

「二人が来るって聞いたから」


 花翠はあの短時間で弁当を作ってくれたというのか。


「でしたら、あっちの芝生のほうで食べましょうか」


 ノゾミが複雑な顔をしつつも芝生を指さす。


「うん、そうしよう。行くわよ!」


 ホノカは強引にノゾミの手を引っ張り、芝生エリアに走っていく。


「なんか仲いいねえ」


 そんな光景を咲希と花翠が穏やかに眺めている。


「どうだ、私のママは気が利くだろ。これで未来は私のものだ」


「あんなぎこちない雰囲気でよく言えますね」


 ホノカとノゾミの声があったが、聞こえないふりして芝生へと行く。



 青と赤のストライプのビニールシートを広げてみんなで座る。

 周囲にも家族連れがおり、とても平和な時間が流れている。この向こうで欲望渦巻くレースがあるとは思えない。


「花翠が作るなんて珍しいね」


「不器用だけど、作ってみたくなったの」


 花翠が開いたランチボックスの中には、ラップに包まれたおにぎり、から揚げや卵焼きなどが詰め込まれている。咲希のメッセージを受けてからの短時間でここまで用意したのだ。


「この人に作ってあげたくなったの?」


 椎名を指さしにやっと笑うホノカは、緊張も相まって怪しいというか気持ち悪い。


「いえホノカちゃんとノゾミちゃんに。でも、椎名君もどうぞ」


 許可が出たのでおにぎりに手を伸ばすと、ぴしっとノゾミに叩かれた。


「いただきますが先です」


「礼儀正しい子だね。椎名の親戚だとは思えないよ。ご両親のしつけがよかったんだねえ」


「はい! 父ではなく母のおかげです」


「へー、今度お母さんにもあいさつしたいなあ」


 ノゾミを前に咲希がへらへらしている。事実を知っているこちらかすると、どこから突っ込んでいいかわからない会話だ。


 皆で「いただきます」を言ってから花翠の手作り弁当に手を伸ばす。


「おいしいです。ねっ」


「そうだね、花翠は器用だね」


 ノゾミと咲希は引っ付くように座って楽しそうだ。

 横を見ると、ホノカは正座したままランチボックスを見ている。


「ほら、遠慮するなよ」


 椎名はラップに包まれたおにぎりを渡してやる。三角形でなく俵型なのがいい。


「なんであんたが言うのよ」


 ホノカがぼそっと悪態をつきつつ、おにぎりを受け取る。じっと花翠が見つめる前で、ホノカは遠慮がちにおにぎりを口にし「おいしい」とつぶやいた。

 その瞬間、花翠の瞳孔が広がった。


「こっちも食べて。ちょっと痩せてるね。ちゃんと食べてるの? 普段の食生活は?」


 花翠が尋問しながら、楊枝に突き刺したから揚げやウインナーを勧めている。


「花翠のテンションが高いね」


 咲希が驚いている。表情はいつものままだが親友には違いがわかるらしい。


「ちゃんと咀嚼して。はい、あーん」


 もはや花翠は口に押し込む勢いだ。ホノカがハムスターのようになっているが大丈夫か。


「咲希さんもあーんをしてください」


「はい、どーぞ」


 咲希がから揚げをノゾミに向ける。


「いえ、椎名さんにやってほしいのです」


「え、いや、そんな関係じゃないから」


「やってください」


 ノゾミが馬鹿なことを言っている。手作り弁当でポイントを取られたと感じているのか。


「そういうのやめて!」


 いきなりホノカが割って入り、二人が小競り合いを始めてしまう。

 おろおろとしかできない椎名をよそに、花翠と咲希は冷静だった。


「ノゾミちゃん、お行儀が悪いよ」


「食事中よ」


 それは厳しい母の顔だった。それを見てホノカとノゾミがぴたりと動きを止める。


「あ、あの、すいません。うかれてしまいました」


「そう。本当は仲がいいの。ほら、あれ」


 ホノカがノゾミに向かってウインクをする。そして二人がやったのはあれだった。


「エネ、チャー、ジー!」


 場が静まり返った。

 花翠の右目の下がぴくっと動く。トラウマを抱える咲希の表情も硬い。その二人の冷たい視線がこちらに向けられる。椎名が映像を見せたのだと察したらしい。


「あれ、この時代の人にはウケるはずでは?」


 ノゾミが動揺している。


「そ、そうだ。ほら、とにかく食べよう。感謝してよ、私のおかげなんだから」


 ホノカにおにぎりを渡される。そういえばこいつらに気を取られてまだ食べていなかった。巻かれたラップを取り、俵型のそれを口にしてみると中身の具は鮭だ。

 ……素晴らしい。実はコンビニで一番好きなおにぎりが鮭だ。から揚げは少し焦げているが味はばっちりだ。卵焼きも少し甘くしてあり、キュウリの漬物が口直しにとてもいい。


「うまい」


 椎名の口から自然に言葉が漏れた。


「…………」


 はっと顔を上げると、花翠にじっと見つめられていた。



※次回更新は11/26です

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