第24話

 緑が多く動物もいて家族連れが多い、日曜ならではの平和な光景が広がっていた。


「競馬場って」と、ホノカが憤慨している。


「いや、今はすっごいイメージがいい場所だぞ。家族連れのために遊ぶスペースがあったり、最近は食べ物もおいしいし何よりも近い。国が運営する施設で街にも金が還元されるんだ」


「私より昔の人間が今はー、とか言わないで」


 そんなホノカに対してノゾミは楽しそうだ。咲希と一緒に触れ合いスペースのポニーを触っている。ああしてみると仲のいい姉妹に見える。いや母娘なのだが。


「くそ、このままではあいつの魔力が」


「でもさ、俺との関係が深まらないと上がらないんだろ」


「そうね、あいつは目先の快楽に溺れてる。はしゃいじゃって情けないわ」


 ホノカは二人の楽しそうな光景を苦々しく見つめつつも、うらやましそうだった。

 椎名はそんなしょげたホノカの両手を持ち、振り回してやった。


「ちょ、ちょっといきなり、なにするのぉー!」


 ぐるぐる回されたホノカが憤慨したので下ろしてやる。


「いや、はしゃぎたかったのかなって」


「そういうのを求めてたんじゃないわ。……まあ、もう二、三回転ぐらいしてもいいけど」


「意外に楽しかったのかよ」


「……椎名君」


 声と一緒に風を感じた。振り向くと……花翠がいた。


「咲希ちゃんにメッセージもらった、から」


 夏なのに暑さを感じない。言葉も布地のワンピースもとてもシンプルで清涼感がある。


「ん?」


 椎名以上に固まっているのが隣にいた。さっきまで殺気を漂わせていたホノカは、ボタボタと汗を流して椎名にしがみついている。なんだこの暑苦しいべちょべちょの物体は。


「ホノカちゃん、こんにちは」


「うん」

 まるで雨に濡れた猫のようだ。そんなことを考えてるとホノカにギューッと腹をつねられる。何か話せということらしい。


「なんかさ、これが動物を見たいとかいうから」


「馬券を買っちゃ駄目よ」


「でもさ、男は安全な株を買ってはいけないっていう言葉があるよね」


「名言を引用しても駄目」


「買うつもりだったらクラス委員長や咲希を呼ばないよ」


「咲希ちゃんとは、仲直りしたのね」


 花翠がはしゃぐ咲希とノゾミに視線を向けた。


「いいシーンが撮れたからね。花翠さんもよかったよ、あの決めポーズ」


 花翠の右目がぴくっと動いた。やはり触れられたくない話題なのか。


「それよりごめん、買い物に行くはずだったのに、なんかこんなことに……」


「誘ってくれてうれしい」


 花翠のその言葉に安堵する。彼女は決して嘘をつかず、言葉を飾ったりしない。


「会いたかったから」


 どくんと鼓動が高鳴った。だが、花翠の視線は椎名の腰に向いていた。

 花翠の視線を受けても、ずぶ濡れの猫のようなホノカは目を逸らしている。

 仕方なく花翠へと突き飛ばすと、そのままホノカはべちゃっと音を立てて倒れた。


「大丈夫?」


 花翠が手を貸したが、ホノカはその手を取らずに立ち上がる。


「平気です。ちょっと東京の暑さにやられただけです」


「すごい汗。戻ったほうが……」


「代謝がいいだけなのでお気遣いなく。続けましょう」


 わけのわからないことを言うホノカを、花翠がハンカチで優しく丁寧に拭っている。


「花翠、遅かったね」


 ノゾミと手を繋いだ咲希が戻ってくる。


「あなただけ豪雨に遭遇したんですか?」


 ノゾミがずぶ濡れのホノカを見て驚いている。


「悪かったな、濡れたカラスみたいで」


 喧嘩が始まるかと身構えたが、ノゾミの瞳はきらきらと輝いていた。


「本当にじかに馬に触れましたよ。あとパドックに行ったんですが、サラブレッドがあんなにいました。ホノカも見てきたらどうです? サンデーサイレンスの血統が残ってますよ」


 競馬場のセレクトを批判していたはずのノゾミがはしゃいでいた。


「ノゾミちゃんのところはこんな場所ないの?」


 咲希はノゾミに興味を持ちつつも、複雑な事情を察して迂遠に探りを入れてくる。


「私のいた場所は寂れてます。そのぶん緑はあるんですが、インフラや交通の便も悪いのです」


「そっか、岐阜あたりかな」


「岐阜を馬鹿にするのやめろよな」


 椎名が突っ込むと咲希が憤慨した。


「馬鹿にしてない。私三年住んでたから! 岐阜って緑豊かでお城もあって空気も水も食べ物もおいしくって、人込みもなくラッシュどころか電車も少なく緑豊かで、娯楽施設もないから休みは大型スーパーに集まるしかない緑豊かな素敵な場所なの!」


「それよりさ、飯食べないか」


 緊張しているホノカを気遣う理由もあったが、そもそも出かけたのは飯を食べるためだ。


「買ってその辺で食べよう。スタイリッシュになったけど殺伐としてる食堂はあるからさ」


「作ってきたの」


 見ると花翠が大きなトートバックを持っている。


※次回更新は11/25です

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