第22話
椎名はお参りしていくことにした。手水舎で手と口を清めてから、財布から五円玉を取り出しホノカとノゾミに渡してやる。
拝殿の前に進み賽銭箱に小銭を投げ込んでから迷う。そういえばちゃんとお参りをしたことがなかったので作法がわからない。ホノカとノゾミは適当に手を叩いているが、これでいいのかと横を見ると立て札に作法が書いてあった。
「ここは二拝二拍手一拝だぞ」
二回頭を下げて二回手を叩き最後に一礼する。
「あはは、なにその動き」
「ルーティーンワークみたいなものでしょうか」
ホノカとノゾミにウケている。
「俺の街の神様に失礼だぞ、ちゃんと真面目に祈れ」
椎名は頭を下げながら祈った。自分がやれることは神頼みだけだ。
……神様。ずっとこの街に住みながらも手を合わせたことがなく申しわけありません。こんなときだけとお思いでしょうが、どうか今回だけでも助けてください。どう助けてくれと説明しにくいのですが、なんとなくうまく問題が解決できればと考えております。ですから、少しだけ、ほんの少しだけお力をお貸しいただけると幸いです。今後は三日に一度は手を合わせ、五月のお祭りにも参加いたしますし、もうすぐ始まる『すもも祭り』ではカラスの描かれたうちわを購入いたします。
頭を下げ続けていると「遅い」と、ホノカに怒られた。
「行きましょう。あまり神様にプレッシャーをかけてはいけません」
「それに未来に神は存在しない。世界の人間は祈っても無駄だと気づいたから」
ホノカに引っ張られ参道に引き返す。神社から出ると視界がチカチカとした。
ケヤキの並木道の木漏れ日がアスファルトを揺れている。
再開発で駅前の風景は変わったが、このケヤキの並木道はずっとそのままだ。見上げるとケヤキの緑と青い空がある。風が吹くたびに景色が揺れる。
既視感があった。そういえば小さいころに両親と手を繋いでこの道を……。
見慣れた風景がぼやけて見える。なんだか迷いそうな気がして、椎名はホノカとノゾミの手を強く握りしめた。その二人は並木道を眺めながら遠い目をしていた。
「本当はここに来るつもりはなかった。過去を修復してすぐに戻るつもりだったから、必要以上に介入もしないって決めてる」
ホノカが必要以上にこの街を歩き回らなかったのは戻らねばならないからだ。未来で崩壊したこの街を、二人はどんな思いで見ているのだろうか。
「この街は、お花屋さんが多いですね」
「イベントホールから結婚式場、そして葬儀場や多磨霊園もそばにあるからな」
店先に飾られた花を見つめるノゾミに対し、ホノカはきょろきょろとしている。
「あっ、あの有名なラーメン屋さん営業してるの? あそこにしよう!」
指をさしたのは、この街で有名なラーメン屋だ。
「必要以上に介入しないんじゃなかったのかよ」
「ねえ、お願い」
こんな時だけ甘えるのだ。花翠の表情で迫られるとつらい……。
「あの店はじいさんの若いころからあるけど、ちょっと怖い人たちのビルがあって客層がやばかったとか言ってたよな。そんなラーメン屋が今はおしゃれな感じで千円もするんだ」
「街が崩壊しても屋台で残ってたの。でも、なかなかこの街に来られず食べられなかった」
「そこまで深刻な話ならラーメンでいいか。味は確かだし」
再開発でも残った老舗ラーメン店は、崩壊後も存在するらしい。
「自炊すると言ったはずですよ。外食ばかりでは体に悪いです」
「心配しなくても俺は健康だから」
「私の心配をしているのです。間接的に私の健康が損なわれてはいけませんし、せっかくなのでスーパーで食材を自ら選んで調理したいのです!」
「あんたも欲求を満たそうとしてるじゃない!」
ホノカが椎名の手を引っ張り、それにノゾミが抵抗する。これはあれか? 痛がる父を見て手を放してくれたほうが本当の娘。だが二人はさらに力をこめ体がちぎれそうだ……。
「言うこと聞かないと騒ぐわよ。おまわりさーん、さらわれてまーす!」
ホノカにシャレにならないことを叫ばれる。
「お前、本当にやめろよな。警察が来たらまじでやばいから」
「撃たないでー」
ホノカが椎名の腕を引っ張りながら騒いでいる。
「やばいぞノゾミ、このままだとお前の父親が前科者に……」
ここは理性的なノゾミに何とかしてもらおうと思ったが、消えた!
「あんた馬鹿? なに街中で騒いでるの」
棘のある声にシンプルな暴言を添える主は咲希だった。
※次回更新は11/23です
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