第20話
「まずちゃんとした飯を食べるべきだな。やっぱりこれか?」
黄色いパッケージのブロッククッキーは買いだめしてある。
「なんといってもバランス栄養食品だからな」
「その思考こそアンバランス。それはあくまで補助食品ですよ」
「じゃあさあ、これにしようよ」と、ホノカの顔がぱあっと輝き、持ってきたのはポストに突っ込まれたピザや寿司のチラシだった。宝物のように丁寧にまとめてある。
「いいじゃん、ねえ」
ホノカの声を花翠だと錯覚してしまい、不覚にもドキッとする。
「デリバリーで楽しようとしてはなりません。今後のことも考え、自炊をいたしましょう」
ノゾミは冷静だ。今後のことを考えられるだけ椎名よりも理知的だ。
「……と、言いたいところなのですが、どうなっているのです?」
ノゾミはキッチンスペースにある冷蔵庫を開けてみせた。
「これは冷たい空気を作るだけの箱なのですか?」
小さな冷蔵庫にはエナジードリンクが数本入っているぐらいだ。
「恐怖を感じたのは冷蔵庫にカップラーメンが入っていること。脳に酸素足りてますか?」
「いや、面倒だから食べ物をまとめてるっていうか、別に冷えても問題ないだろ」
椎名はばたんと冷蔵庫を閉める。
「なんかさ、あんたをそのまま表現してる感じね。空虚というか希望すら入っていない」
わざとらしくため息をつくホノカの横で考える。皮肉を言われようともまずは生活だ。どうしてこうなったかわからないが子供が二人もいる。遠い未来のことよりも今だった。
……ということで、三人は外に買い物に行くことにした。
「認識されなくてもちゃんと服を着ていくぞ。ほら、これ」
椎名はカバンから服を取り出した。映画研究会には部員の静が裁縫が得意なのでいろいろと服が置いてある。コスプレも好きで自作し撮影会などに出ているらしい。
「当たり前でしょ。魔力を使わないと阻害はできないから普通の女の子なのよ」
「だったら部屋でもちゃんと服を着たらどうだ?」
「うるさいなあ。あんたは私のなんなのよ」
「いや、父親なんだろ?」
ホノカはピンク色のワンピースを選んだ。ノゾミは色違いのブルーのワンピースだ。
「絶対に暴れたらだめだからな」
「私たちをなんだと思っているのですか」
ノゾミは窓ガラスに自分を映してポーズをとっている。
聞くところによると未来では水着のようなスーツを着ていたらしい。それに色づけした魔法をまとわせて戦うと。だからこのような子供服を着るのは初めてなのだ。
しかし、こうして並んで同じような格好をしていると姉妹に見える。
「絶対に変なことするなよ。幼女を連れた変態と思われたら困るから。お前たちは俺の親戚で仕方なく預かっているという設定を忘れるな」
「今のあんたが一番挙動不審よ」
ホノカは近所のリサイクルショップで買ったヒールの高いミュールを履いて外に出ていく。
ホノカを追うようにして外に出ると日差しが強かった。もうほとんど夏だ。いつの間にか季節が変わろうとしている。自分は何もしなくても空は変化する。
「早く行くわよ。川のほうに行こう」
ホノカがポニーテールを犬の尻尾のように揺らし、だだっと駆け出していく。
「それでは行きましょうか」
ノゾミが自然に手を繋いで、椎名をホノカと逆の道に引っ張っていく。
「……ちょっと、何してんの!」
すごい勢いで駆け戻ってきたホノカが、ずでーっと転んだ。
「わっ、大丈夫かよ」
「そんなかかとの高いミュールを履くからですよ」
「うるさいな。可愛いからいいのよ」
ホノカが平然と立ち上がる。まったく怪我をしていないのは魔法のおかげか。
「靴は可愛さと動きやすさのバランスが重要ですよ」
ノゾミはシンプルなサンダルだった。
「手とか繋がないでよ。なんか気持ち悪い」
「これは未来の姿です。まあ、好きでやってるわけではないですが、これもママのため」
ノゾミは咲希を意識させようとしている。
それを見たホノカは「チッ」と舌打ちをすると、ガードレールに飛び乗った。
「見なさい、このバランス感覚」
細いガードレールの上を歩くホノカを見て、椎名の下半身がジンジンとしびれた。
「なあ、降りよう」
「どうしよっかなー」
「降りてください、お姫様」
椎名はたまらず手を差し出した。
「よろしい」
ホノカは椎名の手を握ると、地面に着地し椎名の手を支点にくるっと回った。
「それではいきますよ。駅前の大きなスーパーが目的地です」
※次回更新は11/21です
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