第19話
監視される新生活。椎名のプライベートはあっさりと失われた。
自らの未来をかけた魔法少女のレースに巻き込まれたのだ。
「もっとさあ、強引に行くべきだったのよね。ほら昼休みに入ったとき、ちらっとあんたのこと見たじゃない。一緒にランチを食べたかったのよ」
「女子グループに入れないって」
「そこをぐいっといくのが男でしょ!」
ホノカに読んでいた競馬新聞を奪い取られてしまう。
「明日のレースよりも私の未来でしょ! 私のいる未来を思い描いて!」
学校では監視され、自分の部屋に戻ってからもこの騒がしさ。
「無理を言っても仕方がないでしょう。愛はゆっくりと育むものですから」
騒がしいホノカに対してノゾミはクールだ。そして積極的に部屋の掃除やらをしてくれている。薄汚れていた台所もユニットバスもピカピカだ。
「掃除してくれて悪いな」
「私のママはああ見えても家事が得意ですからね」
得意げなノゾミに対して、ホノカは不満顔だ。
「なんかずるい、そういうやりかた。陰湿だなあ」
ホノカは不貞腐れたようにクッションに寝転ぶ。押し入れの下段がホノカの部屋になったらしく、そのスペースには拾ってきたらしい石やらチラシやらわけのわからないものが散乱している。花翠の娘のくせに行動が雑だ、おおざっぱだ。
それにくらべて上段争いに勝利したノゾミのスペースは整頓されていた。興味があるのか椎名の昔の教科書が並べられている。紙の書籍が珍しいらしい。
押し入れは奪われたが、かび臭い空間が華やかになったことは確かだった。
「シャワーを浴びたらどうです?」
ノゾミに見つめられてドキリとしていると、彼女の視線に嫌悪感が混じってきた。
「まさか私に発情しているのです? あくまで対象は私のママであって私ではないのですよ」
「いや、こんな子供なんか気にするわけないだろ」
「子供とはなんです? 私はもう仕事をする立派な大人なのですよ。馬鹿ですか?」
この理不尽な怒り方はまさに咲希だ。そして椎名の制服のワイシャツを着ているだけの無防備な姿。ちらりと下着が見えてしまい椎名は悶絶する。
「あー、だからそういう格好やめろって。こいつらのパンツを見ない取り決めだったのに」
こいつらは自分の子供なのだ。そんな彼女たちの下着で……。
「取り決めってなによ。……ほら、これ?」
Tシャツ姿のホノカが、ぺらっと裾をまくって下着を見せてくる。
「あー、ほら、またルールが破られた」
「あんたが勝手に作ったルールをあんたが勝手に破っているだけじゃない」
「やっぱりさ、同居はちょっとあれだよな」
本来ならば十三歳を意識することはないが、どうしても咲希と花翠を連想する。
「さんざん利用してゴミのように捨てるのです? あなたをゴミにすることもできますよ?」
ノゾミの冷たい視線に背筋がぶるっと震えた。
「いや、そういうわけじゃ……」
「私だけではく、ママの心をもてあそんで捨てるというのですか」
ノゾミの体が青いオーラで覆われる。……魔力だ。
「そうよ、これは私のママと結婚するのだから」
そんなノゾミの前にホノカが立ちはだかった。こんな狭い部屋で喧嘩されたら部屋がぶっ壊れてしまう。未来に地震で壊れるにしても今は困る。
「なんかさ、体調が悪くなったから静かにしてくれ」
「わー、でた! 記者会見で責められて入院する悪人みたいなの!」
ホノカの時代にも記者会見とかあるのか。
「いや、俺は前々から思ってたけど、どんなに悪人でもああやって質問攻めにあえば体調崩すとは思うんだよな」
「じゃあ、家系ラーメンとかいうの食べに行く?」
「体調悪いと言ったやつにそれかよ。……まあ、でも気を取り直して飯でも食うか」
こういうときは飯で機嫌を取るしかない。と、椎名は結論にいたった。
「そういえば、飯はどうしてたんだ? 魔法?」
「だから魔法にすべての責任を負わせないで」
ホノカもノゾミもこの時代に来て何を食べていたのか。ホノカにカップラーメンを食べさせたぐらいの記憶しかない。
「こんなときこそ、エネ、チャー、ジー」
ノゾミがエナジードリンクの缶を持ち、あの花翠のポーズを決めてみせた。花翠のあの場面を思い出し、椎名は思わず吹き出した。どうしてもあのシュールな映像がよみがえる。
「ずっとそればっか飲んでたのか?」
このエナジードリンクは試供品として段ボールごともらったやつだ。
「この時代に魔法は持ち込めても、お金は無理ですからね」
「それ、聞いたことのない成分が入ってて、副作用がありそうだからやめとけ」
魔法少女だと食事のことは考えていなかった。
「この世界に
「でも、これ私たちの時代も頑張ってるよね。缶タイプはなくなったけど」
「へえ、こんなまずいエナドリが群雄割拠の時代を生き残るのか」
ホノカはノゾミとアイコンタクトし「エネ、チャー、ジー!」と二人で決めポーズをする。
椎名は腹を抱えて笑ってしまった。花翠に悪いと思うが、どうしても堪えられない。
「なんかこれ、椎名さんにウケますね」
「この時代のセンスにあってるんじゃない?」
笑い転げていた椎名は、はっと我に返った。自分は食事に興味がなく適当に済ませていたが、この二人はそれでいいのか。これは育児放棄ではないか?
※次回更新は11/20です
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