第17話

「まず私が簡単に説明してあげる」


 ホノカの表情はとても冷たい。あのクールビューティー花翠と同じ温度だ。


「まず十年後。私が生まれる」


「……十年後」


 ということはこれから十年以内に花翠といい関係になるということだ。十年後は二十七歳だから適齢か。だが本当にそうなるのか。あの氷の美少女が自分と……。


「気味悪い顔をしないで。そこは問題じゃないの。重要なのはその五年後に世界に魔法が誕生する。その魔力は少女に宿るもので、大半の少女たちは魔力を制御できずに暴走した……」


 十五年後。遠い未来のようでいて近い気もする。


「世界は荒廃する。当然ね、魔法という今まで存在しないものが誕生したのだから。それは物理の根本を覆すほどの数式だった」


 そしてホノカはそんな世界で幼少時代を過ごした。


「魔法に対抗できるのは魔法しかない。ただ、そこに希望があった。ほとんどの少女は魔力を暴走させたけど制御できる者もいたから」


「それがホノカなのか」


「ええ、私は七歳の時から戦いはじめ、暴走した少女たちを駆逐していった」


 突飛な話だが、現実にホノカは魔法を使ってみせた。


「そして私が十三歳になったころには世界は安定を取り戻した。魔法という存在も解明され始め、暴走する少女も減っていった。魔法というウイルスが弱毒化したとも言われる」


 混沌の世界は秩序を取り戻した。

 その言葉に椎名は安心したが、ホノカの表情に痛みが混じっていることに気づいた。


「戦いを終えて私は初めて自分の魔法と向き合った。そして気づいたの。なんだか私の魔力が不安定になっていると。原因を調べ、導き出した結論は――私の過去が干渉されている」


「過去。それは今のことか」


「敵対する勢力、機構と呼んでいるのだけど、それが過去に手を出したと推測したの」


「タイムマシーンを使って?」


「そんな簡単なものじゃないわ。簡単に時空を超えて物質を跳ばせない。下手に干渉すれば宇宙という莫大な情報に分解される。……でも思った。魔力だけならば可能かもしれないって。そんな介入で私の過去を攻撃したのかもと考えた」


 だがホノカは跳んできた。こうして実際にホノカの肉体はここにいる。


「それは簡単なことではなかったわ。だから最初は魔力だけを跳ばすことにした。つまり魔力に乗せた意識を何かの物質にね」


「それがカナリアか」


 ホノカはこの時代いるカナリアの中にタイムリープをしたのだ。


「そうよ。さらに問題があった。一番の問題は座標。莫大な時空の中での目印が必要。その目印を私はフラグと呼ぶことにした」


「フラグねえ。恋愛ゲームの言葉だな」


「間違ってはないわ。魔法を解明するにおいて愛という要素は重要だった。それゆえに魔法の解明が遅れたのだけど」


 ちらりと見ると、ノゾミは口をはさむことなく雑誌の整理をしている。パラパラとページをめくって首を傾げたり「なるほど」などと呟いている。


「わかりやすく言うと、私は赤い糸をたどってこの時代にやってきた。私が生まれるきっかけの瞬間、つまり愛が生まれた座標」


「あのカナリアを助けた時がそれ?」


「私のママはそれを見て心を打たれたって話してた」


 ……そうか。あのシーンを花翠に目撃されていたのだ。

 猫からカナリアを助けた場面に花翠が偶然に居合わせた。そんな些細な場面で花翠は自分に興味を持ったというのか……。


「その後、私はカナリアのままあなたを誘導した。タイムリープで失った魔力を回復させるにはママとあなたの愛を深める必要があった。つまり仲良くさせれば子供が生まれる未来が確定し、私も魔力を取り戻すって予定だった」


「じゃあ咲希をプールに沈めたのは?」


「親友を助けたら評価が高まるでしょ。自転車の鍵を拾ったのもそう」


 咲希を助けることで間接的に花翠との親密度が高まったということだ。

 それゆえに椎名はホノカが咲希の子供だと誤解していた。


「じゃあ階段で助けたあのときは?」


「親友の咲希さんが階段で足を滑らせ、それを助けようとしたママのほうが怪我をしたはずなの。だからママを直接助けるか、怪我したママを介抱してくれればと思ったのに……」


 だが椎名は咲希を助けてしまった。


「だから別のフラグが立ったのよ」


※次回更新は11/18です

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