第15話
「でさ、咲希の娘がこの時代にやってきて別の魔法少女と戦い始めたと思ったら、その子が咲希の娘で、最初のは花翠さんの娘だった。そのうえ俺の娘でもあったんだけど信じられる?」
三本目の缶が空になった。飲まねばやっていられなかった。
「つまり子供ができたのね」
いつもの中庭。寂れた休憩スペースは新校舎ができてから日中も薄暗く人気がない。
テーブルの向かいには幼馴染が座り愚痴を聞いてくれている。彼女は昔からすべてを受け止めてくれる。捨て犬の里親探しからリンゴの樹の肥料の選択や椎名が両親を失った時も。
「いきなり子供ができるなんておかしくないか?」
椎名は四本目のエナジードリンクをあおる。
「飲みすぎ。昔にイベントの無料ジュース飲みすぎてマーライオンになったじゃない」
「でもさ、本当に何もしてない。そういうのすっとばして未来からやってきたんだ」
「なるほどねえ」と幼馴染はポニーテールに結んだ髪を手で払い、少しだけ冷たい視線を向ける。
「とにかくそれが事実だったら、やるべきことは一つね」
「養育費を払うとか?」
「あなたは馬鹿なの? ……そろそろやめなさい。飲みすぎよ」
「ほら、あのぶどうだって苗木から育てたから今があるんだろ」
彼女の家には立派なぶどう棚がある。夏はミツバチが飛び回り、秋になると大粒の果実をぶら下げる。その下にガーデンチェアが置かれている美しい庭。
「次の日、いきなりぶどう畑が出来てたらどうすればいい?」
「まずは水をあげることね。同じくあんたがやるべきことは一つ。責任を取りなさい」
椎名の話をどこまで信じているかはわからないが、いつでも受け止めてくれる理解者だ。
「あ、椎名! やっと見つけた」
声に振り向くと一ノ瀬凪が駆け寄ってきた。
「ほら、君の相方が呼んでるよ」
「相方じゃないっつうの」
気を使ったのか幼馴染が立ち上がり、その場から離れていく。
昼休みも終わりかけたので、椎名もエナジードリンクを持ったまま立ち上がった。
「あのさあ、あの映像の話なんだけどさあ」
凪が腕を絡ませてくる。相変わらずスキンシップが激しい。
「最後にカットをあそこで撮りたいんだよね。あの教会で」
「あの廃墟ですか? だったら手近なここらでいいんじゃないですか?」
教室に戻ろうとすると、凪もまとわりついてくる。
「こんな縁起の悪い場所でやるわけないだろ」
この休憩スペースにある自動販売機は通称『失恋自販機』と呼ばれる。人気がないので告白の場所に選ばれがちなのだが、そのほとんどが失敗し、その怒りを向けられた自動販売機のボディは蹴り飛ばされ歪んでいる。失恋の罪を受け止め続けた傷跡。
「告白でこんな薄暗い場所に呼び出す男の気が知れないよ」
「まあまあ、映像の話に戻りましょう」
「ラストシーンはビシッと決めなきゃね。あそこにエナジードリンクを置いたカットで……ブラックアウト」
「でも、あそこって呪われてるとか、この前もひどい目にあったんでしょ」
「いいじゃん手伝ってよ、静のおっぱい触らせてあげるから今度の日曜日に行こうよ」
お前のおっぱいじゃないだろと思いつつ、椎名は校舎に入る。
「行けたら行きます」
「ぜってー来ないセリフ!」
「ちょっと最近、忙しくて疲れちゃいまして」
「忙しいはずないだろ、この暇人赤点学生が! 忙しいっていうのは社会に出て働いて子育てまで両立してる人のことなんだよ。……ほら、前払いしてもいいから」
凪がいつものようにキスをする振りをするので必死で避ける。
「げふっ」
「きゃん」凪が女子のような声を出して後ずさる。
「こいつ汚ねーなー!」
「すいません、ちょっと飲みすぎました」
「新歓コンパの大学生かよ!」
「いや、疲れてるのは本当なんです」
「疲れを乗り越えるために
凪はエナジードリンクを指さし、走り去っていった。凪という名前なのに嵐のようだ。
椎名は人もまばらな教室に戻ると、窓に寄りかかりスマホを取り出した。
凪から送られた映像を見て思う。
……やはり似ている。
ホノカとノゾミはやはり花翠と咲希の娘だ。そんなことを考えると恥ずかしい。何もしていないのに娘が二人もできてしまった。そしてその母親と同じ教室にいる。
「なに見てんのよ。エロいやつ? 変態、馬鹿」
咲希の声に慌てて映像を消す。なんでこいつはいつも罵声から入るのか。
「ある意味エロいやつだけどな」
改めて向き直ると微妙な雰囲気が流れた。咲希は椎名から視線をそらしている。
ホノカのために告白するつもりだったが、結局うやむやになってしまった。さらに咲希はホノカではなく、敵であるノゾミの母だったというややこしさ。
「やっぱノゾミに似てるよな」
咲希を見てつい声が漏れてしまった。外見は違うが、よく観察するとノゾミと名乗った子に似ている。目や口のパーツから髪を払うしぐさまで。
「ん、あの子のこと?」咲希が食いついてくる。
「あの子さあ、椎名が預かってるの?」
「まあ、そういうことかな。まあいろいろ俺にも責任があるからさ」
「じゃあまだいるんだね! なんかまた会いたいなって」
咲希は椎名の前で無邪気に笑っている。
「なんか他人のように思えなくて」
お前の娘なのだから当然だ。
「咲希さあ、昔は髪が長かったよな。あの子みたいに」
ノゾミは咲希の小さい頃にそっくりだった。咲希は中学時代に東京かれ離れたために忘れていたが、リンゴの樹から降りれなくて泣いていた子は、確かに目の前の彼女だった。
「あの時のことは忘れて」
咲希にとっては恥ずかしい思い出らしい。
「そしてプールの件も二度と口に出してはいけない」
それだけ言うと、咲希は顔を真っ赤にして離れていく。
椎名はほっとため息をつく。娘が現れ、なんだか咲希と顔を合わせるのが恥ずかしい。ノゾミが生まれるということは咲希とそういった行為をするのだろうか。「触るな馬鹿」などとと殴られるイメージしか浮かばない。
そんな馬鹿なことを考えながら自分の席に着くと、今度は横に気配を感じた。
そっと視線を向けると、花翠が静に立っていた。
「一緒に暮らしているの?」
「え、なにが?」
「あの子と」
花翠が聞いているのはホノカのことだ。椎名の全身が熱くなった。一難去ってまた一難。
「ちょっとプライベートなことは」
椎名ははぐらかした。そもそも花翠と面と向かって会話したことは……ほとんどない。
「クラス委員長だから」
「え?」
「クラス委員長として知る必要があるから」
クラス委員長にそんな権限があったのか?
「あの子の年齢は? 好きな食べ物は? 好きなアニメは?」
尋問だった。この子は会話が苦手なのだ。苦手というより守備的だ。いつでも話しかければ嫌な顔をせずに答える。だが、自分から話しかけるというのが壊滅的に下手だ。
「服が変だったけどどうしているの? なんであの二人は喧嘩をしてたの?」
なんだか怖い。だがやっぱりホノカの母だ。この威圧感と有無を言わせぬ冷たい空気。さらに瞳にわずかに混じるヴァイオレットと人形のように整ったマスクと長いまつ毛。
……言っていいのだろうか。
ホノカは花翠との間に生まれる子供であると。つまりホノカは椎名と花翠の愛の結晶なのだ。そんなことを考えると頭がくらくらとして花翠の顔も見られない。
こうなったら強引にこの場から逃げるしかない、と花翠に背を向ける。……が、動けない。振り返ると花翠がうつむきながら遠慮がちに、指で椎名のワイシャツをつまんでいた。
「ねえ」
それは精いっぱいの甘えた声だった。氷の少女が振り絞って感情を込めた言葉。その魅惑的な振動は夢のようだ……。
「会いたいの」
※次回更新は11/14です
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