第13話
そして放課後、まず動いたのはあちら側だった。
窓の外で青い閃光が明滅し、そして赤く光を帯びた魔力と激突する。
「おい、大丈夫か?」
窓を開けると、三階から飛び降りるホノカの姿が見えた。
「あんたはやるべきことをやって。私はその時間を絶対に守る!」
空中をぐるぐると赤い輪が回転している。ジャミングが効果を発揮しているのか周囲の生徒たちは気づいていない。
「なんか、風が強いね」
教室ではクラスメイトの女子がスカートを押さえている。
飛翔する青い魔力の矢は、校舎に当たる寸前に散り、分解されて風となった。あちら側の標的はホノカなのか椎名なのかわからないが、他を巻き添えにする気はないようだ。
椎名はすでにホノカの姿を見失っていたが、交錯する赤と青の魔力だけが見えた。
ホノカが時間を作っているのだとしたら今のうちに……。
向き直ると咲希の姿は消えていた。椎名のメッセージを受け取ってくれた。
……旧校舎屋上。
心を決めるしかない。もう実際に娘ができてしまっている。
順序がおかしい気はするが考えてはいけない。
教室の外に出ると一ノ瀬凪に捕まった。こいつはいつでもタイミングが悪く出没する。
「なあ椎名、映研に行こうか」
「今日は大切な用事があるんで休みます」
「映像よりも大切なことなんてあるわけないじゃん」
「産休を取らせてください!」
一ノ瀬凪に叫び、椎名は走り出した。喧噪の放課後の廊下を走って旧校舎へ。
耳鳴りがした。魔力という情報がぶつかり空間を乱している。旧校舎で戦っているのか?
「屋上は駄目!」
開いた窓から廊下に飛び込んできたのはホノカだった。
「標的を上に追いつめている。別の場所で告白して」
傷を負っている様子はない。戦いの趨勢はホノカに傾いている。
「わかった」
場所を変更するとしたら、この旧校舎の屋上から近くて人気のない場所……中庭か?
日の当たらない空気のよどんだ場所。告白に適した場所ではないが、贅沢は言ってられない。
咲希がすでに屋上で待っていたとしても、外階段を使って降りてくることができる。
「頼んだわよ。こっちは大丈夫」
ホノカが赤い光を帯びる剣を構え、廊下を走っていく。
彼女の魔力が上がっているのは未来が確定し始めたからだろうか。
つまりホノカの母親と椎名との関係が深まっている……。
椎名はホノカに背を向け走り出す。何が起きているのかほとんど理解できていないが、ホノカは助けを求めて過去に来た。そしてホノカが娘だとしたら無関係ではいられない。自分の娘を見捨てるわけにはいかない。
走りながらスマホを握る。咲希にも場所の変更を伝えねばならない。
メッセージでは遅い。こうなったら直接……。
通話ボタンを押すと、数回のコールで咲希が出た。
『椎名?』
「咲希か? ちょっと状況が変わったから中庭にきてくれ。あの中庭だ」
『え、もう屋上に向かってるけど』
「いいから頼む」
『中庭でいいの? ……中庭だって』
咲希が誰かに呼びかけている。なんでこいつ一人じゃないのか?
大切な用事があると念押ししたはずなのに馬鹿なのか、この馬鹿め。
心の中で悪態をつきながら椎名は外に走り出る。今ごろホノカは標的を屋上に追いつめているはずだ。その隙に咲希に告白すればすべては終わる。
中庭に走り出て屋上を見上げる。そこでは赤と青の光が明滅し魔力が衝突している。
椎名はまだ通話中のスマホにまくしたてる。
「頼む、できるだけ早く来てほしい。誓って大切な話があるんだ。いつものようにふざけた感じじゃなくて、今日だけは未来のための真面目な話をする」
『じゃあ私も真面目な話をしていい?』
その声は穏やかだった。
「ん?」
『過去に三回も助けられたのに、ちゃんとお礼を言っていなかったから』
「三回?」
椎名は首をかしげた。階段から落ちるのを助けたのが一回。
あのプールに突き落としたことを助けたというならば二回だ。
「缶コーヒーおごってやったことか? あ、鍵を見つけてやったっけ?」
『そんな小さなことじゃないよ』
少し沈黙があった。
『まあ、覚えてないだろうとは思ったけど』
ふと思い出したのは凪から送られてきた動画だった。濡れた咲希のオフショット。
ずぶ濡れの咲希のシーンが――重なった。
「……あのリンゴ」
それは七年前。リンゴの樹に登った女の子を助けたことがあった。登ったときに豪雨に襲われずぶ濡れになり、そのまま降りられずにいた少女。
……助けたことを覚えている。その子は椎名にお礼を言うことなく、ただ不貞腐れたようにリンゴを手渡してくれた。
『思い出してくれたんだ』
花が咲いたかのような咲希の声だった。
『私さあ、その時から椎名のこと……』
どさっと何かが落ちた。
「ホノカ?」
それは屋上から落下したホノカだった。
※次回更新は11/9です
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます