第12話
「ボロアパートには気配はないわ」
「話が本当なら、ここはお前のルーツでもある聖地だぞ」
「相手もジャミングを使えるからわからないけどシャワーを浴びる時間はあるわ。だから急いで登校の用意をなさい」
椎名とホノカは襲撃を警戒しながら公園で夜を明かし、朝に家に戻ってきた。
「のんきにシャワーを浴びて学校に行く必要があるのか?」
椎名はとても疲労していた。夏の公園で夜明かしたこともあるが、受け入れねばならない事実が凝縮され体が鉛のように重い。
「敵の力は私より劣ってるけど未知数で目的もわからない。だとしたら一気に問題解決をする」
問題解決とは未来の確定か。そして……。
「つまりママとの関係を確定させるの。あんたとママの愛が深まれば私の生まれるという未来が確定するでしょ。私は未来の象徴だから、私の魔力も強まっていくってこと」
ホノカが生まれる未来が確実になるほど魔力も回復する。シンプルにいうとそういうことだ。……しかし確定させろと言っても何をすればいいのか。
「告白しなさい」
カジュアルな服装で来てね、ぐらいの気軽さと無責任な言葉だ。
「なあホノカ。告白っていうのは強制できるものじゃない」
「私に説教する気? 昨日も話したけど今さら父親面しないでよね」
「相手あってのもの、ってのは確かだぞ」
「その相手がいるから私がいるんでしょ。はっきり言っておくけど、ママはこの高校二年生の夏の段階であなたのことが好きよ。こんな馬鹿でギャンブル好きのダメ人間のどこを好きになったのか理解不明だけどね」
ホノカは椎名を罵倒しながら舌打ちまでした。
「考えてみなさい、未来の娘が言ってるの。単勝1・1倍の鉄板レースよ」
「いや、この前それが外れたばかりだぞ」.
「ちゃんと言葉で伝えてあげることが大切なのよ。アクセサリーでもお金でもない。女の子は言葉が欲しいの」
「なあ、お前も子供のくせにそんな経験があるのか?」
ホノカが一瞬で真っ赤な顔になった。こいつは本当に表情がくるくる変わる。口をパクパクと動かしたが言葉が出ず、かわりに椎名の胸倉をつかんだ。
「そろそろぶっ飛ばすわよ? こんなんでも血だけは私の父親なの。あなたがちゃんとしないと私の未来が消えちゃうのよ!」
ホノカの必死の表情にうなずくしかなかった。展開が急すぎる。
そもそも順序が間違っているのでは? 娘に母親への告白を強要されるとは。
それにこちらの気持ちはどうなのだ……。
椎名は久遠咲希のことを考えた。今までそんな目で見たことはなかった。教室の炎はいつも感情的で表情を目まぐるしく変えた。椎名にもよく絡んで交流はあるが、いい雰囲気になったことはない。それなのにいきなり告白……。
椎名はホノカを見た。これは……未来だ。
「私の生まれる未来を確定させて。そうすれば未来までの道が繋がる」
目の前の物体を見ると、娘であるのが当然のように思えてしまう。これは理屈ではなく感覚。きっと未来で会うのだろうとの予感がする。こんな突飛な設定を受け入れたのも、ホノカが自分と関連があると感じたからだ。
目の前の生意気な少女は自分の半分を持っている、と。
「まずはシャワーを浴びること。ラーメン臭い体で告白なんてできないでしょ」
「……告白。こんなことだったらちゃんと仲良くしておくべきだったよなあ」
「過去を振り返るのはやめて前を向いて」
「未来から来たお前だけは言っちゃならないセリフだな」
「おっはよー、椎名」
教室の前で一ノ瀬凪に捕まってしまった。
「この前の映像、全部スマホに送っておいたからね」
凪は椎名に腕を絡ませてくる。こいつは男のくせに距離が近い。
「どしたの、なんか気にして」
ホノカは姿を消しているが気配を感じる。魔力を使い周辺に隠れているのだろう。
「いいじゃん、いまさら僕らの関係を隠さなくても」
「やめてくださいよ、本当に噂が立ってんですから。映像は見ときます」
抱きついてくる凪を椎名はあしらいながら教室に入る。
ざわつく朝の教室、窓際の席で花翠が静かに本を読んでいるのが見えた。
何でもない光景だがいつでも最初に目に入ってしまう。
対照的に人が集まるその中心には咲希がおり、一瞬だけ咲希と目が合った。
それだけで鼓動が高鳴った。よく考えてみると、すでに娘ができているのが恥ずかしい。
椎名はのろのろと自分の席に座る。座席は窓際の最後尾だ。とてもラッキーだと思っていたが今日は違う。のうのうと窓に自らをさらしていたら狙撃される可能性だってある。
退屈なだけの授業が一気に危険な時間となった。
「安心なさい。私がついている」
窓の外からホノカの声が聞こえた。ここは三階でベランダもないのに……。
いつものようにスポーツ新聞を広げようと思ったがやめる。そんな気分じゃなかった。
そもそもなんでこうなった? 椎名の子供であるホノカは、自分自身の未来を確定させるためにここにきたという。では揺らいだ原因があるのだ。それがあの敵なのか……。
顔を上げると花翠の後ろ姿が見えた。姿勢よく本を読む姿が好きだった。彼女は孤独を恐れない。群れて居場所を作ることで安心を得る他の女子とは違う。不意に開いた窓から風が吹き、本のページがめくれ、彼女の髪がさらりと揺れた。
そのとき椎名は不思議な感覚に襲われた。その雰囲気の既視感。
つい最近まで、それがそばにあったような……。
ホームルームを知らせるチャイムが鳴り、椎名の思考は遮られる。
……そして時間が経過する。
授業は耳に入らず、椎名は隠れてスマホを見ていた。
スマホに流れる動画は、びしょ濡れの咲希が椎名を追い回しているものだった。そんなオフショットまで撮られていたのだ。この鬼のような形相で追いかける女子が、本当に自分のことを好きだというのか? ……本当に信じていいのか?
「スマホ見てないで、用意をして」
窓の外からホノカの声がした。
「用意とは?」
「放課後に呼び出しての告白よ」
椎名は覚悟を決めた。咲希のアドレスは手に入れており、放課後に時間を取ってもらうようメッセージを打ち込む。待ち合わせ場所はどこがいいだろうか。
人のいない場所。……あの旧校舎の屋上か。
送信ボタンを押す指が震えていた。
これはただの告白ではない。このボタンを押した瞬間に未来が決まる。恋愛が始まるのではなく、結婚して子供ができる運命が確定してしまう。
「早く」
ホノカの威圧感に椎名はスマホをタッチした。
しばらくして、机の下でスマホを確認した咲希がちらりとこちらを見て、すぐに視線を戻した。……もう引き返せない。
※次回更新は11/10です。
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