第11話
「確かに私がやってることは些細なことなの。あなたが正しい。世界に魔法が誕生し混乱し、秩序を取り戻すという未来は決まってる。そんな大きな流れの中ではとても小さなこと」
三分を待ちながらホノカがつぶやく。
「世界が崩壊するのは事実なのか?」
椎名はつい未来のことを聞いてしまった。
「常に形のないものと戦ってきたアメリカ。エイズや貧困問題、人権や疫病問題。そんな戦いで常に正義を演じ勝利してきたアメリカの初めての敗北。それは同時に世界の敗北だった」
そして世界中で女の子が魔法で暴走することになる。
「私のようにコントロールできる女の子は稀だった。世界は宇宙のプログラムともいえる深部と少女たちの体を介して繋がった。科学者たちだって分析したけど、魔法はウイルスではなく数式だと結論が出るのもしばらくしてから。オイラーの等式が世界で一番美しい等式と称されるのならば、見つけたそれは解析不能の暗黒の数式だった」
つまりわかったことは、科学の範囲ではないということだけ。
だから未来の人類はその数式を魔法と名付けて放棄した。
「それでも科学者たちは戦ったわ。そのうちに魔法という存在を悪しきことに利用しようという集団も出たりと、混沌としたけどね」
「悪用か。ダークサイドができたか」
「スターウォーズみたいな話よね」
「ん、スターウォーズ知ってるのか?」
「私の時代ではエピソード20まで出来てるから」
「エピソード9でぎりぎりだったのに、さらに作ったのか」
「戦争が始まってから映画は作られなかったけど、昔の映画を見るのは好きよ。スターウォーズのアミダラ姫は私の希望。だって私って『レオン』のマチルダに似てるでしょ」
ホノカがこちらを向いた。
「いや、まあ、雰囲気はあるかもな」
「子供のころに美人だと大人になって微妙になることが多いって言われるけど、マチルダの将来はアミダラ姫だもんね」
「あれは稀有な成功例だ。……そろそろいいぞ」
三分がたった。カップラーメンをホノカに渡してやると、蓋を開け表情を緩めた。
「熱っ、あ、でも……おいしい」
ホノカはもそもそと麺を食べている。
黒いシャツを着たカラスのような子がカップラーメンをついばんでいる。
なんだか胸が痛んだ。こんな小さな子が知らない時代に一人で跳んできたのだ。
だが同情してはいけない。理解はしてやっても共感してはならない。
「ゆっくり食べていいんだぞ」
ホノカは腹に流し込むように食べ、せき込んでいる。
「エネルギーチャージは迅速にしなきゃだから。こんな固形物を食べるのも、久しぶりで……」
「箸の使い方も悪いな」
咲希は粗暴な面もあるが食べ方は綺麗だった。意外に育ちがいいのだ。
ということは問題は父親か。もっと責任を持って育てることはできなかったのか?
「お前の父親の顔が見てみたいよ」
そんなつぶやきに、ぴたりとホノカの手がとまった。
「え?」
「いや、ママはわかったけど、お前の父親のこと」
ホノカの箸を持つ手が震えている。
「あ、ごめん。聞いちゃいけなかったか?」
「そいつダメ人間だから」
やはり触れてはいけないことだった。
「未来にも駄目な父親っているんだな」
「無責任で養育費も払わないくそ野郎なのよ」
ぐっとホノカが歯を食いしばっている。
「そっか、あー、仕方ないやつがいたもんだ……」
地雷を踏んでしまったと、椎名は撤収の用意をする。ゴミなどをまとめて袋に……。
「熱っ!」
ナルトが舞った。
熱湯にのたうちながら、ホノカが食べかけのカップラーメンを投げたのだと気づいた。
「おいっ、何を!」
「お前だよ」
いきなり口調が変わったホノカが、椎名を睨みつけている。
「お前だって言ってんだよ」
「は?」
「私の父親のくそ野郎は、お前だって言ってんの!」
「は? は? ……えええええええ!」
椎名の叫びが公園にこだました。
目の前の少女が自分の子供だと? そんなことあり得るのか?
「待て、落ち着け、計算が合わない」
「計算以前の問題なんだよ、このクズ!」
ホノカが握った箸を投げつけ罵倒する。
「なんでそんな重要なこと言わなかった?」
「なんか察したみたいなこと言うから、わかってると思ったの! ていうかあんたの娘なんだから会ったときに感じるものでしょ、この無責任野郎!」
「ホノカ、言葉遣いが悪いぞ」
「今さら父親面するんじゃない!」
さらに受け入れねばならない事象だった。娘がお腹を経由せず、時空を超えて現れた。
そして自分がこのトラブルにおいて無関係でいられないという事実……。
※次回の更新は11/8です
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