第10話
袋を見ると、買ってきたのはカップラーメンだった。慌てていたのでいつも食べるものを買ってきてしまった。お湯はどうするか……。
「それからさ、じいさんに一緒に遺跡を探しに行くかって誘われたけど、当然断ったよ。義務教育も終わってない頃だったし、未来もないのに過去探しなんて馬鹿げてる」
椎名は近くに落ちていたビールのアルミ缶を手に取った。ホノカにも手伝わせ、その辺に落ちている木の枝やらゴミを拾い集める。
「たまにこっちに帰ってくると思ったら、キャンプとかに連れ出されてさ。キャンプっていっても人気のない河原で酒飲んでるだけだった。教わったのは競馬とか野球とかナイフの扱い方とかろくなもんじゃない」
椎名はポケットから折り畳みの小さなナイフを取り出し、アルミ缶に切り込みを入れる。空気が通る穴などを空ければ簡易コンロになる。
「これスマホのストラップアクセサリーとしか見えないけど便利なんだ。じいさんはナイフと火ぐらいは扱えるようになれが口癖だった」
そして痛みこそ最良の指導者だとも。最近は刃物や火で怪我をすることを恐れすぎて、それゆえに正しく扱えないだとか愚痴っていたことを思い出す。
「それでこっちのボールペンはファイヤースターターの機能がある」
ファイヤースターターとは火打石のことだ。ボールペン形状のボディがマグネシウムとなっている。まずはナイフでそのボディを削り、マグネシウムの粉をティッシュに落とす。そして今度はナイフを速く強くスライドさせると火花でマグネシウムの粉が発火し、ティッシュに種火がついた。
「あとはこの簡易コンロでお湯を沸かす」
ティッシュを空き缶に入れ、拾ってきた菓子の空き箱などをちぎって種火を大きくし、木の枝などを入れて火力を安定させる。
ホノカが飲み終わった空き缶に水を入れて、その簡易コンロの上に置けばお湯ができる。
「これがカップラーメンなのね。初めてこのタイプを見たわ」
ホノカがカップラーメンを手に取り目を輝かしている。
「いや、お前の時代にもカップヌードルはあるんだろ」
「私の時代はパウチタイプ。ゼリーのような感じで、そのまま食べてもいいし温めてもいいの。大切なのは早さ。未来は速度を求められる」
「なんか思ってたのと違うな」
「ん、後入れってなに? あえて先に入れちゃおうかなあ」
ホノカが粉末スープを手にはしゃいでいる。さらにカップの蓋を全部はがしてしまうという失態まで犯してしまう。こいつは本当に食べたことないようだ。
お湯が沸くのを待ちながら、椎名はホノカに向き直る。
「簡単だったけど俺のことを話した。今度はお前のことを聞きたい」
「うん、そうだね。あなたには話すべきよね」
ホノカは火を横目につぶやいた。いつの間にか周囲が暗くなり、木の枝が爆ぜる音が無人の公園に響く。空を見上げると大きな赤い輪が見えた。ジャミング情報が公園に干渉している。
「前にも言ったけど、あるとき魔法が誕生するの。魔法と名付けたのはそれがなんであるかわからなかったから。そのときはウイルスようなものだと理解されていた」
少女だけが感染するウイルスという魔法。
「ほとんどの少女が魔法を暴走させた。私のようにコントロールできる存在は希少で力を手にできる。身体能力の向上や物質化しての武器の構築やジャミングとか」
身体能力と目に見える魔法の武器とジャミングの効果は椎名も目の当たりにした。
「たとえばパレイドリア効果って知ってる?」
「模様が顔に見えたりするやつか?」
「うん。そういった現象もすべて数式で解析され、その応用でジャミング演算ができたの」
今まで名前を付けてほったらかしにしてきた現象は科学で解明されたのだ。
「この宇宙は大きなコンピューターなの。そして魔法というのはそれを動かすプログラム……つまりチートコードに触れられる」
かわりにほとんどの少女が、そんな深淵に触れておかしくなった。処理できない情報をねじ込まれたコンピューターが狂うように、少女たちも暴走した。
「色々あったことは省くけど、私たちは戦い世界は秩序を取り戻した。そして私はさらに魔法を調べるうちに別の能力があることに気づいた。それは魔法と時間を関連させること」
「そして自分の過去が揺らいでいたことに気づき、この時代に跳んできた、と」
「簡単に言うとそう。その揺らぎの原因があれなのかも」
襲ってきた敵のことだ。
「とにかくまず相手の正体を調べないと――」
「待ってくれ」
椎名は言った。これ以上聞いてはいけないと感じた。自分だけだったらまだいい。だが、先ほどの戦いの舞台は学校だった。
「なあ、お前が未来から来たのが本当だとしても、ここは今なんだ。別の世界のために危険な目に合うのはこりごりだよ」
「え? なんで、そんな……」
「花翠さんも咲希も危なかった」
「で、でも、敵はこっちに来たし、誰も傷ついてないし」
「そんなことは関係ない。敵が誰だかも関係ない。事実は未来から来たお前たちが一般人を巻き込み危険にさらしたってことなんだ」
反論しようとホノカの唇が動いたが、言葉は出ず彼女はうつむいた。
「お前が彼女から生まれるのが事実だとしても、今の彼女はママじゃない」
咲希には責任がないはずだ。そしてさらに椎名はもっと無関係だ。何も持たない自分はこれ以上関わってはいけない……。
「言いたいことは勝手にやれってことだ。……巻き込むな」
ホノカから反論はなかった。ただ火を見つめている。
そんな彼女を見て心が痛んだが、それが事実なのだ。
「とりあえず、食べよう」
沈黙が続いたので、椎名は沸かしたお湯をカップラーメンに注ぐ。
「三分待つんだ」
すぐに蓋を開けようとしたので椎名は注意した。
「この時代の人間は牧歌的ね」
インスタント食品の三分は、未来ではとてつもなく長い時間のようだ。
「食べたらお別れだ」
「うん、食べ終わったら行くね。三分と食べる時間だけ」
そんなホノカに既視感を覚えた。その横顔が何かと重なるような……。
※次回の更新は11/6です
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