第9話

「なんでこうなった?」


 椎名はホノカを抱えながら旧校舎を走っていた。


「わからない。でも魔法の攻撃を受けたことは確か」


 廊下が青く明滅した。同時にホノカが椎名から飛び降りる。


「下がって!」


 甲高い音が響いて青い矢が砕ける。

 矢を弾いたのはホノカの剣だ。赤く発光する魔力の剣が構築されている。


「過去の揺らぎはあなたが原因だったのですね」


 砕け散った魔法のノイズの中、声が聞こえた。

 目を凝らすと黒髪の少女が立っている。

 体が包み込まれるように青い光を帯び、魔力で構成された弓を持っていた。


「とにかく、敵が出てきたってこと」


 止める間もなくホノカが剣を構え、赤と青の魔力が交差した。

 ホノカが迎撃した矢は旧校舎の周囲に逸れ、壁に当たって砕け散る。

 空間が揺れ、音すらも見えた。

 情報の可視化という魔法は砕けた数式を周囲に撒き散らしている。


「邪魔!」


 呆然とする椎名をすり抜け、剣を構えたホノカが少女と激突する。その一撃は青い弓で防がれたものの、力任せに吹っ飛ばす。少女は窓を突き破って外に投げ出された。


「う……」


 急襲を防いだホノカだったが、痛みに膝をつく。


「お前、怪我……」


「平気よ、いつものこと」


 ホノカをまとう赤い光に波紋が広がっていた。ダメージの情報を波紋のように分散している。それでもダメージを受けたのか足から血が垂れ落ちていた。

 ホノカは剣を握りしめながら周囲を警戒する。


「でもまずい。相手の能力は遠距離、それも弾道演算(ホーミング)持ち。ここじゃあ見通しが悪い」


 とにかく逃げることだと、椎名はホノカを抱きかかえて走りだす。情報量が多すぎる。ホノカは未来に戻るのではなかったのか? それどころか新しい少女まで現れてしまった。


「これが私の過去が揺らいだ要因なのかもしれない」


「俺のせいか? 俺が怪我を未然に防いだから」


「それは間違っていない。ただ……」


 背後で青い光が爆発した。外から攻撃されている。椎名はホノカを抱えたまま走る。このままでは椎名たちはおろか、他の生徒たちにも被害が出てしまう。


 校舎を走りはっと立ち止まる。そこでは銃弾が飛び交っていた。


「サバゲー部、じゃなくて園芸部」


 こんな状況の中、連中はのんきに撃ち合いをしていた。


「大丈夫よ、そのまま走り抜けて」


 怪我した少女を抱えていて大丈夫なはずがない。


「いいから」


 ホノカに命令され、椎名はそのまま進む。サバゲー部の連中たちは気づいた様子はない。

 いつの間にか椎名の頭上に赤い輪がぐるぐると回っている。


「認知阻害。つまりジャミングの魔法」


 ホノカ、そして椎名も認識されないということか……。


「このジャミングを使ったまま外に出て、いったん態勢を立て直す」


 椎名も同意した。とにかく生徒たちを巻き込みたくなかった。

 校舎から出でさらに走る。部活を終えた生徒たちがちらほらといたが、誰も椎名たちには気を止めない。


「ジャミングを破れるのは同じ魔法を持った存在か、あなたのように私に深く関係ある存在だけだから安心なさい」


 ホノカの声は、逃げることに必死な椎名の耳には届かなかった。


          *


 夕暮れの公園。

 学校から歩いて三十分ほどの大きめの公園は、普段は子供たちや犬の散歩をする人々がいるはずだが閑散としている。


「戻ってきたぞ」


 芝生の上にホノカが膝を抱えて座っている。


「魔法でこちらの居場所は隠ぺいできている。でも、あっちの居場所もわからない。驚いたのはあっちもジャミングが使えるということ」


 椎名はコンビニの袋を芝生に置いた。今日は何も食べていないことに気づいたからだ。昼ご飯も結局食べられていない。


「あと、ここまで運んでくれて……ありがと」


「とりあえず飲め」


 椎名はホノカに缶ジュースを投げてやり、自分も缶コーヒーを開けた。


「俺はさ、今まであったことを受け入れるよ」


「うん」


 ホノカは両手で缶を抱えるようにして飲んでいる。


「ずっとお前が俺のところに来たのが疑問だったけど、察しはついた」


 ホノカが驚いたように瞬きし、椎名を見上げた。


「俺は不条理さを受け入れる人間だからな」


 事故で両親が死んだときもそうだった。あり得るはずがないと拒絶したが、受け入れざるを得なかった。学んだことは、信じたくないことほど全速力で襲いかかってくること。


「今俺が世話になってるのは遠縁の親戚のじいさんで、あの人が倉庫代わりに借りてる部屋に住んでる。何の仕事をしてると思う? 古代の遺跡探しだぜ? そういうのってスポンサーとか大学とかのバックアップとかが必要だろ。でもあの人、一人で何の計画もなく探しに行ってんだよ。インディ・ジョーンズだってもっと計画的だ」


「そうなんだ」と、ホノカが意外に食いついている。


「信じられないだろ。お前は未来からきて、じいさんは過去を探している。でも、俺はそんな馬鹿げた人間すら受け入れたし、ダイアモンドアイの敗北もやっと受け入れた」


「ダイアモンドアイと一緒のレベルにしないで」


「お前の時代でもそれほど大事件だったんだろ?」


「あんたのためにJRAの記録をサルベージしたのよ。この時代に跳ぶことはわかっていたからね。それより、もっと話してよ」


「食べながら話すか」



※次回の更新は11/5です

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