第7話

「ここ、競馬場が近いねえ」


二人が消えた後、屋上に姿を現したのはあの少女だった。


 昨日プールにいきなり出現し、さらにカナリアだと自称している女の子。


「おい、なんでお前がここにいるんだよ」


「お前ではない。ホノカという名前がある。萌える花でホノカよ」


「とにかく俺が雪崩のような情報を消化できるまで待っててくれって言っただろ」


 学校に来るなと懇願したはずなのにホノカはここにいる。

 長い髪を雑にポニーテールに縛り、服装は椎名が与えただぼだぼの黒いシャツだ。こんな格好で学校をうろついていいのだろうか。

 いや、いいわけがない。こんな場面を誰かに見られたら今度こそ終わりだ。


「ジャミングの魔法がある。だから魔力を持たない一般人には認識されにくいの」


「魔法で解決していいものなのか」


「魔法というものは、情報を可視化したようなものよ」


 彼女、ホノカは未来から来たと言い張っている。

 いきなり時空を超えるのは困難だったので、まずはカナリアに意識を跳ばした。そしてこの時代で体を構築したと。そんな説明を昨日の夜に受け……とりあえず椎名は寝た。


 だが、起きてもこいつは消えていなかった。


「未来から来た理由は、前に言ったけどママを助けるため」


 咲希をプールに突き落とせとの命令は、それが理由だったらしい。


「そして私はママの未来であるから、ママを助けたことによって魔力が回復したの。だからこうして体を得たということ」


「なるほど」


 ……まったくわからない。やはりこいつは警察で保護してもらうべきか。


「ダイアモンドアイが負けたら信じると言ったでしょ」


 カナリアだった彼女がそれを予言したのだ。ダイアモンドアイ単勝1・1倍の鉄板レース。その波乱のレース結果、そして故障までもを当てた。

 そしてそれは予言ではなく未来から来たから知っていたと。


「他になんか未来から来た証拠がほしいんだよな」


 喋るカナリアの時点でどこか間違っているが、未来から来たことを納得させてほしい。


「たとえば十年後の未来とか」


「そうね……」


 ホノカは顎に手を添えて考えている。


「ティラミスとかタピオカとかが流行るの」


「周期なのかな」


「ゴルゴ13の連載は続いている」


「さすがだなあ」


「カロリーメイトからストロベリーフレーバーが発売」


「ついにかよ!」


「ずっとスワローズはBクラス」


「そんな……」


「結局生き残るのは日清カップヌードル」


 なんだか納得しそうになったが、誰でも予想できそうなものではないか。


「そしてその五年後、今から十五年後に魔法が生まれる」


 ホノカが手のひらをかざすと赤く発光した。

 空間に発生する赤い粒子。それらが複雑に絡み合い輪となる。そんな赤いリングがホノカの頭上でくるくると回っている。空間が揺らめき、ホノカがぼやけて見えた。


「これは情報を可視化し構成した魔法。複雑な数式の集合体」

 頭上のリングを見ると、頭に莫大な情報が流れ込んで来る気がした。


「……このカードを出されるとな」


 やはりこの子は何かが違う。未来から来た証拠はないが、それに準ずる何かを持っている。


「まあ信用してもらわなくてもいいわ。やるべきことを終えたらすぐに戻るし」


 ホノカがすっと輪を消すと、同時に揺らいだ空間も戻った。


「やるべきことって、お前のママを助けることなんだよな?」


 彼女の言うことを受け入れるならば、ホノカは過去を修正に来たのだ。

 自分の母親を助けに未来からやってきた。――つまり咲希。

 確かに荒っぽい言動は彼女に似ているような気がする。


「ママを助けるのは副次的な目的よ。未来の私は自分の魔力が揺らいでいることに気づいた。その原因が過去にあると考え、問題を解決するためにこの時代にタイムトリップした」


「タイムトリップねえ……」


「魔法があるといってもタイムトリップは未知なるもの。だから私は考えたの。まずは物質ではなく魔力を過去に送れないかって。魔力に意識を混ぜるようにしてね」


「で、カナリアの中にトリップしたのか?」


 たった一つだけありがたいことは喋るカナリアをはさんでくれたことだ。いきなり魔法が使える女の子が出現したよりは精神が耐えられる。


「なんでカナリアがお前になった?」


「魔力が回復したから。魔力は愛に密接に関係しているの。つまりママを助けたのは、私を産むという未来を確定させる必要があったから」


 つまりホノカは問題解決するために過去に魔法で跳んだ。そして自身の魔力を回復させるために咲希を助けたのだ。現に衆目で恥をかかせることも防いだ。


「なあ、ママには会わないのか? なんでさっき出てこなかった?」


 ホノカは初めて困った顔を見せた。


「いきなり未来の娘です、なんて名乗れないわ。これはデリケートな事柄なのよ」


「デリカシーもなく出現したのに、そこはまともなんだな」


「それに、ちょっとあれだし、いきなりママの前に出るなんて……」


「ん、なんて?」


 さっきまで平然としていたホノカがうつむいている。よく見ると耳が赤くなっている。


「……恥ずかしいってこと!」


 いきなりホノカが椎名を突き飛ばした。さすが咲希の娘。こいつをあまり触発してはいけない。暴力的なうえ魔法とやらも使えるのだ。


「わかった、いろいろ受け入れた。だからさ、やれることは手伝うから」


 とりあえずここは恭順の姿勢を見せるしかない。まだこちらは魔法とやらもほとんど理解していない。ここは抵抗せずに穏便に様子を……。


「なんかさ、面倒そうじゃない?」


 ホノカは上目遣いに椎名をのぞき込む。


「いやいや、しっかりと考えた上での意見だ」


 保護者のじいさんに教えてもらった言葉がある。それは『面倒なことは明日にしろ』だ。深く考えずに先延ばしろと。面倒なことは今考えずに、明日の自分に責任を押しつけろ。


「うーん、なんか適当だけど、まあいいわ。とにかく今日は重要な日なの。ママは学校で怪我をする。変な映像を撮った次の日の放課後に怪我をしたって」


「それを助けにいくのか」


「いいえ、できるだけ未来を変えてはならない。あなたがやるべきは怪我した彼女を保健室まで運んであげること。そして優しい言葉をかけてあげて。それだけでいいの」


 咲希が足を怪我をする。陸上部での足の怪我は大きなトラブルなのでは?


「ママにとっては苦い思い出だったみたい。でも、心配してくれる友人たちを見て、心を開くきっかけになったとか」


 周囲に当たりが強い咲希も、苦い経験を経て成長するということか。そして性格が丸くなり結婚して子供が生まれる未来が確定し、ホノカがそんな未来に戻っていく……。


「放課後。……部活か」


 咲希は陸上部の練習中に怪我をするのだろう。練習中だとしたらどうにもできないが、できるだけ対処は早くしておきたい気持ちもある。

 咲希は強い人間だ。怪我をしたことでプラスに変化するのだろう。


「じゃあ任せたわ。私は様子を見ているから」


 ホノカの頭上にあの赤い輪が発生し、すっと姿が消えた。



※次回更新は11/3です

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