第2話

 自転車置き場の白猫と出会ってから数カ月、僕の毎日はさらに猫と関わる生活となっていた。シロちゃんと名付けられたその猫は、付近の野良で一番つよいらしい。

 夜中頻繁に聞こえるフギャーという喧嘩の声で、ああ、またシロと誰かが争ってるのかなと心配しても、翌日自転車置き場でたたずむ彼女には傷一つない。

 スラっとした体躯と、整った顔つきは大家さんに気に入られたらしく、最近では猫缶をちゃんとお皿に出してふるまわれている。カンタービレの教室を見つめていたのも、最初に大家さんが気まぐれにあげた餌を、その後ももらえると思い待っていたらしい。何度も餌をあげるうちに、とうとう野良猫のシロは大家さんと固い友情を結んだらしく、放し飼いのシロになった。その後は大屋さんと僕との挨拶でもほとんどがシロの話題になった。


 シロが来るまで、アパート裏のビルに囲まれた塀の上には黒猫や茶猫、灰トラやブチなど、いろんな猫がいたのだがほとんど見なくなってしまった。

 みんなシロがやっつけたのかなと思い、昔の塀の光景を懐かしんでいた僕はある日、シロと黒猫が仲むつまじい様子で塀を歩いているのを目撃する。アパートの階段から見える塀の先には昼の道路から明るい光が差しており、2匹の後ろ姿は街へ消えていった。

 大家さんと黒猫について話すと、他にも茶やブチの猫とシロが一緒にいるところを見るそうだ。その後の観察で、どうやら喧嘩している猫はシロではなく、メスのシロをめぐって争う、オスたちだという事が分かった。


 夏になり、アパートの自転車置き場(もうここはシロの根城である)には、新しい茶色の太った猫が参加していた。幾千にも及ぶ抗争を制し、シロを射止めた茶色の彼は、ブチ君と名づけられた。どう見ても茶と黄のトラ猫だったけど、ブチ君なのだ。

 ブチ君とシロの間には沢山の子猫が生まれ、まだらな茶白や茶ブチ、中には黒や灰色の子猫もいるあたり、シロはモテまくっていたようだ。

 その中で一匹、真っ白の子猫がいた。母になったシロは長い路上生活の汚れからかくすんだ白色になっており、子猫は出会ったころのシロを思わせた。


 夏頃の僕は、春に就職した会社から逃げるように辞職したばかりで、望んだ仕事だったにも関わらず続かなかった自分を責めて、悲観に暮れていた。恋人ができた事もなく、仕事に生きようと絵の仕事を選び、何度目かの挫折をし、それなりの理由はあったのだが自分を許すことができず、今思うとゾっとする程自分を責めていた。

 ブチ君と気ままに暮らし、子宝に恵まれ、塀の上を軽やかに歩くシロをうらやましく思っていた。

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