白猫と、ファミマのにくまん

小川ガワヲ

第1話

 吉祥寺駅の公園口から徒歩数分、5階建ての細長いアパートがある。築何年だろうか、わりと古い建物だけど大家さんがマメな人で、薄黄色のレンガを模した壁タイルはきれいに磨かれている。アパートを囲むようにビルが3棟あり、1階がケーキ屋で数階建てのビルと、集合住宅が2棟。日中はずっと室外機の轟音でグォォォンと音が鳴っていて、特にケーキ屋の排出するファンの音と排気は特別うるさく悩みの種だった。


 騒音に配慮してか、都会の駅近くなのに家賃は7万5千円。一人暮らしにはありがたい部屋だった。当時僕は3階の角部屋に住んでおり、エレベーターよりも階段を使う事が多かった。なぜかと言えばビルとビルの隙間が若干広く、間に各建物を区切るように塀があり、その上を色んな野良猫が歩いていて、その姿に惹かれて、見れやしないかと毎日観察しに行くからだ。

 僕は小さな頃から野良猫が好きで、しなやかな動きと、たいてい後ろ姿しか見れないけどふてくされたような顔も可愛い。ちょっと濁った鳴き声も好きだし、動物番組で見る愛らしい仕草とは対照的な、ツンとした凛々しさに憧れていた。

 都会育ちの僕には、日の光の届かないビルの隙間の塀を渡り、普段はどこに居て、どこから餌を仕入れているのか見当もつかないのに、居ないかと思いしゅんとして階段を上っていると、影から颯爽と塀に飛び乗ってくる野生の彼らがたくましく、格好良く見えて仕方なかった。


 春頃、アパートの1階で大家さんが主宰するカンタービレの教室の前に、一匹の白い痩せた猫がちょこんと座って、ガラス張りのドアを見つめている。防音の教室では壮年の男女が楽しそうに歌い、楽器を扱っている。どうやら猫はその様子を見ているようだ。

 数日後、出先から帰ると、1階のひょろ長い自転車置き場で、少し大きくなった白猫が猫缶をあむあむと食べている。おや、これは可愛いと思い近づいていくと、僕を見るなりスッと身体を起こし、口をケッケと開けたり閉じたりして食べかけをゴクリと飲み込み、肩をすくめて動かなくなる。こちらを少し警戒しているようだ。邪魔をしないように横を通り過ぎ(部屋へ上がる階段は自転車置き場の先にある)、振り返ると鼻を猫缶へ向けこちらへ向けきょろきょろ、続きを食べていいものか気まずそうにしている。僕は速足でその場から去ったが、いつもより幾分か心豊かな帰宅となった。

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