第25話
体にボールが当たる音が響く。1人また1人と当てられていく。約10分間全力で動き続けている人が次々と限界を迎える。対し相手は動きが軽やかだ。1人に任せて体力を温存している。かくいう狙われている僕もまだ体力が残っている。残り5人になったところでついに蓮が当てられた。僕らはもうだめだ、負けたというムードに包まれていき、観客席はお通夜状態になる。ただ1人を除いて。
蓮が陣地に残したボールを拾い上げ、真っ直ぐに敵を見る。残り11人。蓮とキャッチボールをしておいて良かった。素早くボールを外野に回して敵チームを動かす。ダイヤモンドに回せば真ん中に集まっていく。小さい頃からよく言われていた方法だ。ついに敵同士がぶつかってよろめく。そのチャンスを逃さない。
ボールを投げるその刹那、僕の脳裏にいつかの会話が蘇る。公園で蓮と練習した後、香奈さんと話していた時の記憶。
「毎日練習お疲れ様。気合入ってるね。私そんなに真面目に運動したことないや。小さい頃に病気してからそんなにしちゃいけなくてさ。気持ちいいのかな、たくさん動いた後って。どうなの?」
自分はどうだろうか。少し考えてから返す。
「何かのためにとか、目的を持ってやってると気持ちいいと思うよ。運動だけじゃなく、何においてもそうなんじゃないかな。偉そうにごめんね。その、事情は知らないけどさ。別に必ず誰かのためにしなきゃいけないわけじゃなくて生きてるだけでも誰かのためになってるんだ。少なくとも僕はそう思ってる。」
そういうと彼女は少し俯いてしまった。しまった。彼女を泣かせてしまったかもしれない。が、彼女は泣いてはいなかった。上げた目は潤んでいたけれど。
「ごめんね。そんなこと言ってもらったことなくて。今まで家族も友達も全部やってくれたから、誰かのためにしたことなんてなかったんだ。今でこそ少しは自分でしてるけど、昔は誰かがしてくれて当たり前の生活で。みんな口を開けば心配ばっかりして、褒められたことも全然なかったの。生きてるだけで心配かけて、一時期は死ぬ事まで考えてた。結局怖くてやめちゃったけどそのままずっと無意味な毎日を生きてて。心配かけないように明るく笑ってた。初めて言われたよ。生きてていいなんて。私嬉しい。ありがとね。祐くん。」
初めて名前で呼んでくれた彼女の目はもう潤んでいなかった。
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