第8話

何度か人に話したことがあるから茜が知っていても不思議ではない。だが茜に直接話したことはないし、茜の周りにも言ったことはない。つまりこの二人は初めて聞くはずなんだ。なのに何故茜は知っているんだろうか。

「昔入院してた時に誰かが言ってたのよね。なんか前の日に入ってきた子が言っててね。名前も知らない子だけど、黄色い服が横の棚に置いてあったのを覚えてる。」

そんなことがあったのか。全く、僕は茜のことを何も知らないな。聞かないし言わないから知らなくて当然なのだけれど。とにかく、僕と同じ理論を持つ奴がいるということだけは分かった。

他愛もない会話が続く。しかし永遠というものはなくて、次第に学校が近づいてくる。


笑顔だ。笑顔を意識して、深呼吸して。ここで信じられるのは自分だけだ。味方はいない。

ドアの前で自分に言い聞かせて背筋を伸ばす。

そっとドアを開けてそっと閉める。出来るだけ目立たないように。席についてすぐに鉛筆を取り出す。スケッチブックと一緒に持ち歩いている鉛筆を。そして僕は絵を描き始める。空を描く。黒で青を表現する。消しゴムで白を表現する。3Bで塗りつぶす。練り消しゴムで消して雲を作る。この絵の世界は僕の自由に描き換えられる。雨を描く。傘を描く。自由な線で頭の中の状況を描く。

雨の横断歩道の真ん中で倒れる男の子。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る