第6話

あの時僕は誰を追いかけていたんだろうか。大事な人だったということしかわからない。あの時期の記憶は未だに曖昧で、黄色いカッパを着ていたことと、自分の頭から血が流れていることだけは鮮明に覚えている。九年前のあの日に僕はトラックに撥ねられた。あの時の柔らかかった自分の頬に打ちつける雨と濡れた道路は、ひんやりとしていて心地が良かった。そして目が覚めたとき、周りには見知らぬ大人しかいなかった。いや、僕は誰のことも知らなかった。泣いている女の人、こちらをジッ見てくる男の人、座って怖い顔をしているおじさん。誰一人として僕はわからなかった。眼鏡をかけた白いマントの人(医者)もいたし、ピンクのパン屋さんの人(看護師)もいた。自分の身に何が起きたのか理解できなかった僕は、そのまま布団に戻った。生まれて初めて恐怖感に泣かされた。


ハッと目が覚めた。朝だ。少しも清々しいとは言えない朝。それまで見ていた夢のせいで、気分は最悪だ。こんな状態で学校に行かなければならないのか。リビングに降りて朝ごはんを用意する。卵を割り、ボウルで混ぜる。バターをフライパンに挽き、溶き卵を流し込む。軽くかき混ぜてオムレツを作る。

食パンを袋から取り出してオムレツを乗せる。ナイフでオムレツを切って広げて完成。庭のパラソルの下で優雅な朝食の後、僕はイヤイヤ準備をする。妹はすでにクラブの朝練へ。お義母さんとお義父さんは仕事へと行っていた。

ピンポーン。チャイムがなる。もうそんな時間か。急いで靴を履き、外へと飛び出す。門の前には茜と蓮がいた。

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