俺、お嬢様から渋谷の話を聞く
何だかおかしなことになってしまった。
俺がちょっとした旅行にも使えるリュックを買いにぶらりとやって来たと明かしたら、
「付き合うよ」
「私も見たい」
といっても俺にずっと張りついているわけではない。三人でお喋りをしている。
俺はそれが気になってリュック選びに集中できなかった。
もっとも、ディスプレイされたエリアに来た瞬間にもう買うものは決まっていた。
手頃な値段、無難な色とデザイン。俺はほとんどひらめきだけで買ってしまう男なのだ。
ただそれを誰かに批評されるのが嫌なので彼らがいなくなってから買おうと考えていたのだが、そう簡単にはいかなかった。
「センダブリさんはどのような好みですか?」
そんな生薬みたいな言い方。
妖精美少女が俺にまとわりつく。これは想定外だ。
外見は似ているのに表情は変化に富み、他人に対する好奇心も旺盛だ。従姉妹同士で同じ家で育ったと聞いたがどうしてこうも違うのだろうか。
「俺はなるべく地味な量産品で安いのが良いです」
近いぞ。さっきからミニワンピの裾が何度も俺の膝辺りに当たっている。身を翻す度にふわりと浮いて舞うからだ。
あちこちキョロキョロ見回して俺のリュック選びを手伝おうとしている。
俺は少し距離があいてしまった渋谷の方を見た。
渋谷は野球帽の美人に何か言われ何だか恐縮しているようだった。ときどき頭を下げたりしている。そういえばお叱りを受けるとか言っていたな。
「気になります?
「会長?」ってのも気になるな。
「生徒会長
「
「そうなのです。母の意向です」
「お母様の?」
「厳しい母には逆らえませんのよ」厳しいと思っているような口振りではないがな。
「私のことはともかく、恭平お兄さまはわが校でもとても人気がありまして、私も先輩方によく紹介して欲しいと言われますの。いくつか仲をとりもったりしましたわ。
「叱られるんだ?」
「恭平お兄さまが同時進行で何人もお付き合いなさるからですわ」
「それ、ほんとなんだ?」噂にはよく聞く。
「恭平お兄さまにとってはお遊びなのかもしれませんが、女性にとっては真剣な話なのです」
修羅場作ってんじゃねえか。他校で。
あんた、そんなのに手を貸しているのか?
「いつも会長が後始末をすることになるのでこうして定期的に抗議なさるのですわ」抗議というより教育的指導に見えるが。
身長差があるから渋谷が
俺はそれがまた可笑しかった。
「渋谷とはどういう関係? お兄さまって?」
俺はまた唐突に直球勝負に出てしまった。うまい訊き方を知らないから仕方がない。
「お姉さまが我が家までお連れしたからですわ。それで私、お兄さまになる方だと思いましたの」
「は?」
「お姉さまが殿方をお一人だけでお招きしたのは後にも先にもそれ一度きりですわ。あれは二年前の夏休み、我が家の避暑会が終わった後でした。お父様に紹介したいとお姉さまがおっしゃって、それで恭平お兄さまをお連れになったのですわ」
中学三年生の頃じゃねえか。セレブな家ではそれが当たり前なのか?
「避暑会で三度お会いしましたからお顔は存じておりました。それにお友だちと複数で我が家に来られることは何度かありましたからお父様も恭平お兄さまのことは知っていたはずです。それがわざわざ紹介したいとおっしゃるので、これは婚約なさるのかと思いましたわ。私は嬉しくなってすぐに『お兄さま』と呼ぶようになりましたの」
凄い世界だな。
それよりもあの
「その頃お姉さまは御堂藤の中等部生徒会長、恭平お兄さまは副会長をしておりましたが、校則で禁じられたお付き合いをすることになり恭平お兄さまが生徒会をお辞めになりました」
辞めたからって付き合えるものでもないだろう。しかも中学生だぞ。
「その後何度か恭平お兄さまはひとりで遊びにいらっしゃって私も弟も可愛がっていただきました。あの頃が懐かしゅうございますわ」
しかしそれは続かなかったのだろう?
俺はその話の続きを聞きたかったのだが、渋谷と与座魚会長がこちらにやって来た。
「そちらはどうかしら? こっちは言いたいことを言えたよ」与座魚会長は満足そうだ。
「お兄さまの噂話をしておりましたの」おいおいばらすなよ。
「何だ? 気になるな。どうせろくでもない話だろ」
「君がろくでもないから仕方がない」与座魚会長が渋谷を見上げた。
「俺は要望に応えるためのデートをしてきただけですよ。広く浅く」
「悪気がないから厄介だね」与座魚会長は溜め息をついた。
「ほんとうなら
「私と付き合うということは結婚前提になるがその覚悟はあるのかしら?」
「与座魚家も東矢家も同じだね」渋谷はそう言って黙った。
彼女たちは俺の知らない世界の住人のようだ。
「それでリュックは?」与座魚会長が訊く。
「こちらはいかがでしょうか?」東矢真咲がキラキラしたリュックを指した。
「彼には良いかもね」俺をほっといて!
「ここは黙ってお嬢様方の言うことを聞いた方が良いぞ」
俺は彼女たちのパワーに負けて赤や青や黄色が入り雑じったやたらうるさい柄物のリュックを買わされた。セレブの趣味ではないな。ヤンキーかよ。
「このくらい冒険した方が良いよ。君の鋭い目にはそれが似合っている」俺はヤンキーだったのか?
買い物を終えてそれで解放されるかと思いきや、それで済まなかった。
「スカッシュをしようと思ったけれど手頃なウエアがないな。買うか?」とんでもないことを言いやがる。
「会長、ここはこの身なりでも可能なプランを考えるべきですわ」
「じゃあボウリングにしよう」
渋谷の一言で俺はボウリングに付き合わされることになった。
何て日だ!
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