俺、ストーカーに気づく

 どうすべきかな。

 俺は、渋谷しぶや東矢真咲とうやまさき与座魚瑠姫よざうおるき会長の後を少し遅れて歩いた。

 俺の視野の片隅に俺たちの後を追う人影が見えている。もうずっと前からだ。

 これはもう明らかにストーカーだ。

 介入せず傍観を決め込む俺としては放置したいところだが、見ていられねえ!

 何でまたいるんだ、村椿むらつばき

 もしやまた渋谷が呼び出したのか? それとなく秀星しゅうせい学院の女子と会うことになったとかほのめかして。

 さて俺はどう動くべきだろう。

 村椿に気づいて声をかけるべきか。

 いや、やはりこれは渋谷に気づかせるべきだろう。

 その渋谷は村椿が後ろにいることに気づいていないのか、気づかぬふりをしているのかわからなかった。

 渋谷と談笑する東矢真咲と与座魚会長はおそらく村椿と面識がないのだろう。美人が怪しい動きをしながら尾行つけているとは思わない。しかしさすがにずっととなるとどうなのか。

 俺は渋谷がすぐ後ろの二人を振り返った瞬間にわざとつまずいて上半身を倒した。

 これで渋谷の視界に村椿の姿が入ったはずだ。

 目の良い渋谷なら村椿に気づくだろう。何しろ村椿は美人だし。

 横目で見ると村椿は慌ててどこか身を隠すところがないか可笑おかしな動きをした。

 しかし渋谷は気づかなかった。いや気づかないふりをした。

 俺はあいつがフッと口許に笑みを浮かべたのをはっきりと見た。

 こいつ、面白がってやがるな。そんなに村椿をいじるのが面白いのか? 少しは気持ちがわかるが。

 村椿は二年B組では容姿端麗、頭脳明晰の女王だ。いや学年でもその存在を知らぬものがいないほどの完璧女史なのだ。

 その村椿が渋谷の前ではまるで子供だ。転がされて遊ばれている。そういう姿は可愛くもある。

 おそらく渋谷はそんな村椿を見ていたいのだろう。全く贅沢な悪趣味だぜ。

 村椿はやむなく、体を起こした俺の陰に隠れた。

 もう一度やっても渋谷は気づかぬふりをするだろう。そう思ったとき、思わぬ一言が与座魚会長から発せられた。

「おや、あなたは確か御堂藤みどうふじ学園テニス部の村椿さん?」

 村椿は与座魚会長に見つかってしまった。あんた村椿を知っていたの?

「何だ、麗菜れいなじゃないか、奇遇だな」白々しいぞ。

恭平きょうへい……」村椿は間の抜けた声を出した。

「まあ、どちらさま?」東矢真咲お嬢様が何やら新しいおもちゃを見つけた幼児のように大きく目を見開き村椿を見つめ渋谷に訊いた。

「クラスメイトでテニス部の村椿さんだよ」ちょっと距離があるような紹介の仕方に聞こえたぞ。

「む、村椿麗菜むらつばきれいな」噛んだな。

 可愛いよ、村椿。お前がこういうキャラだってこと、もっと早く知りたかったぜ。おそらく渋谷はテニス部で一緒になり、とっくの昔に気づいていたのだろう。

「はじめまして、東矢真咲です」

「え、東矢……さん?」俺と同じ反応だ。

泉月いつき従妹いとこだ、彼女は」渋谷が説明した。「この二人は秀星しゅうせい学院生徒会の生徒会長与座魚よざうおさんと書記の東矢真咲とうやまさき

 真咲まさきは呼び捨てかよ。それはそれで村椿にあらぬ疑いを与えるぞ。

「御堂藤学園テニス部との親善試合は何度か観戦したことがあるのであなたのことは存じておりますわ、村椿さん。渋谷君とのダブルスはとても息の合ったペアでしたね」与座魚会長の言葉遣いが変わった。これが余所行よそゆきの顔か。

「恐れ入ります」村椿が緊張している。

 わかりづらいな。目がつり上がっているし。怖い顔同士で与座魚会長と対峙しているようにも見えてしまう。

「それは観てみたいですわ」真咲お嬢様の優雅で明るい声が間に入った。

「避暑会に彼女も参加するから良かったら対戦すると良い」渋谷が東矢真咲に言った。

「ええ、是非」真咲お嬢様は天使の微笑を浮かべた。

 村椿は戸惑ったように目を細めたが、固さを取り除くことはできないようだった。

「ところで、今ひとりなのか?」渋谷が村椿に訊いた。

「ええ、ぶらついていたの」

「良かったら御一緒しませんこと? これからボウリングをするのです」

 真咲お嬢様は連れの意見も訊かずに自分の意思を伝えるようだ。

 付き添いの与座魚会長はそれに慣れているようで「多い方が楽しいですわ」とお嬢様口調を真似て言った。

「ええ、喜んで」村椿は同意した。

 それなら俺、行かなくて良いんじゃね? 五人になってしまうし。

「じゃあ、俺は……」帰らせてもらおうか。

「ん?」渋谷が俺を見た。

 その瞬間、村椿が俺の手を掴んで言った。「さあ、行きましょう」

 俺は有無も言えずに連行されることになった。

「まあ、お二人は仲がよろしいのですか?」真咲お嬢様が屈託のない笑顔で俺と村椿に訊く。

「ただのクラスメイトですわ」

 俺は「違います」とも言えずに虚脱していた。

 渋谷が静かに笑っている。

 こいつこそを楽しんでいると俺は思った。

 主役を務めながらもする。それが渋谷という男なのだと俺はこの時初めて知ったのだった。

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