俺、次々と現れるクラスメイトに笑ってしまう

 テニス部の連中が雑談を始めたので、俺はまた傍観者になった。

 取り囲まれていて席を立てる雰囲気ではない。だからなのだと勝手な理由をつけて俺は観劇した。

「八月に入ったら東矢とうや家の避暑会に行くんだろ?」大崎おおさき渋谷しぶやに訊いている。

「二十人以上いるらしいじゃないの。修学旅行みたいで良いよな」こいつは合宿でも修学旅行に感じるのではないか。

村椿むらつばきさんも行くんだって? 高等部入学生からは星川ほしかわに続いて二人目らしいじゃん。さすがだなあ」

 日暮ひぐらしは村椿を持ち上げることを忘れない。同じ班だし、もはや村椿のスレーブになっている。

鶴翔かくしょうさんと香月かづき君も招かれているわ。私だけじゃない」

「そうかもしれないけど……」

「B組からは前薗まえぞのさんと酒寄さかきさんが参加するのよね?」牧野原まきのはらも興味津々だ。

 俺も含めてセレブのつどいは好奇のまとになっている。

「俺っちも三十位以内に入れば招待されるのかなあ」

「あんたは死に物狂いで頑張らないとね」

 大崎と村椿はもはや息のあった漫才コンビだ。渋谷しぶやが笑っている。

「まあ、もともとは泉月いつきのまわりにいるやつらのこじんまりとした集まりだったのだけれどな」渋谷が言った。「だんだん規模が大きくなって大袈裟な集まりになってしまった」

「ただのお泊まり会だったものね」前薗も呟くように言う。

「お泊りって、何してたんだよ、ヒューヒュー」だからお前、茶化しすぎだって。

「まあ、いろいろとな」

 渋谷が思わせぶりに言うものだから村椿の目がいつもより少しだけつり上がった。悪気はないのだろうがこいつは村椿を刺激してしまう。

「何か手土産買っていかないとな」渋谷は前薗を見た。

「ええ」と前薗は頷く。

 村椿も見てやれよ、一緒に行くのだろ。

「それに今年は特別だ。正式に御披露目があるかもしれない」

 なんだなんだ?

 公爵令嬢の婚約発表でもあるのか?

「そうね」と前薗は微笑むだけで語る雰囲気はなかった。

 何となく村椿の前に壁ができている気がした。渋谷と前薗との間に割って入るのを困難にしている障壁。

 相当頑張らないとダメだぞ、村椿。

「唐揚げ、おかわりないのお?」大崎の間の抜けた声が響き渡った。


 テニス部の渋谷軍団が午後の部活で去っていくと、また俺と前薗は二人になった。

 賑やかだったな。

 大崎や日暮がいると村椿はただのツッコミ役になってしまう。せっかくの美貌が無駄に消費される。ヒロインになれないのが憐れだ。

「唐揚げとゼリー、ごちそうさま。とってもおいしかった」俺はそのくらいのことを前薗に素直に言えるようになっていた。

「どういたしまして」前薗は偽りのない微笑を浮かべた。「ほとんど村椿さんの手料理だけどね」

「でも前薗が朝早く起きて唐揚げを揚げ、冷やしていたゼリーも重い目をして持ってきたんだろ?」

「学校まで母に車で送ってもらったわ」ウフと笑いやがった。

 やはりこいつはお嬢様だ。揚げたのも母親かもしれない。これ以上追及しないでやろう。

 そこに新たな登場人物が。俺たちB組の学級委員をしている三井みつい酒寄さかきだった。

 委員会でもあったのか?

「前薗さんと……」俺の名前が出てこないな、三井。

千駄堀せんだぼりだ」俺は答えてやった。

 こういうのは慣れている。ジョークのわかるヤツなら「シンダフリ」と言ってやっても良かったのだが三井は俺を蔑視しているみたいだしな。だからやめた。

「私たちはボランティア部」前薗が先にここにいる理由を言う。「さっきまでテニス部の恭平きょうへい君たちがいたわ」

「僕たちは数学宿題を提出しに来たよ」もう済んだのか?

「B組では一番乗りだった」早いほど内申点がつくのだったな。

「できることは何でもする。僕は成績優秀者ではないからな」

 いやお前、五十番以内には入っているだろう。前薗や酒寄たちと比べるなよ。

 最近になってわかってきた。こいつはエリート意識が強い。プライドも高いから優秀な奴らと付き合いたがる。自分より優秀な村椿、前薗、渋谷、酒寄らと同じグループにいて学級委員も務めクラスのリーダーシップをとりたいのだ。

 俺みたいなモブは相手にしない。大崎はまあオマケだ。きゃんきゃん鳴いて尻尾を振る犬みたいに思っているのだろう。

「もうすぐ避暑会に行くんだよな?」三井は前薗と酒寄に訊いた。

「中一からの付き合いだから幼馴染みの集まりね」前薗はそう言ってこの話題から離れようとした。

「村椿さんも呼ばれた……」同じ高等部入学生としては納得はしていないようだ。

 仕方がないだろ。村椿は一桁ランカーだ。

「まあ、僕は東矢とうやさんとはあまり接点がないからね」根本的な理由があって良かったな。

「僕は引き上げるよ。数学以外も課題はすべて七月中に片付ける」三井はそう言い残して去っていった。

 酒寄さかき、後を追わなくて良いのか? いつも一緒にいるだろ。

「ごめんね、純香すみか。気を悪くしないでね」

優奈ゆうなが謝らなくても」

「頭に血が上るとどうしても視野が狭くなってしまって」

 こいつは三井のおりを負担に感じているのか。

 ちょっとでも二人が付き合っているのかと思って悪かったな。いや、それとも本当に付き合っていて倦怠期に来ているのか?

 もう少し観察しないとそういうところはわからない。

 村椿の周囲を観察しているが、その対象として三井と酒寄は少し優先順位が落ちる。渋谷と前薗が一番。大崎は放っておいても絡んでくるし。

 三井と酒寄は教室以外で村椿のそばにいなかった。だからまだよくわからないというのが本音だ。

 同じ学級委員でも三井は高等部入学生。酒寄は中高一貫生だ。酒寄の方が二十位以内にいるし、前薗とのお喋りを聞いていると避暑会にも参加したことがあって、より前薗や東矢と馴染みがある。

 いや、はっきり言って東矢側の人間だった。

 三井はそれを良く思っていないのではないか。

 優秀なヤツと付き合いたがる癖に、そいつらを前にして劣等感を抱いているとしたら本当に面倒くさいヤツだ。

 まあ夏休み中は三井と絡むこともないだろう。二学期が始まったらよく観察してやるよ。

 俺は偉そうになっている自分に気づいて、ふふっと笑ってしまった。

「無気味よ、千駄堀くん」前薗が戒めの微笑を向けてくる。

「おっと、失礼」俺は咳ばらいをした。

「どうかしたの?」酒寄が不思議そうに俺たちを見る。

「あなたたち、何かあるの?」ねえよ! あったら天地がひっくり返るよ。

「千駄堀くんには妄想癖があるの」前薗がいたずらっぽく笑う。

 思わせぶりだ。やめて。

「へええ……」

「優奈と同類よ」

「ぐふっ!」酒寄がむせた。

「避暑会でのウオッチングはほどほどにね」

「承知しました」

 何だよ、こいつもちょっとおかしなヤツなのか? 俺と同じ観察者?

 酒寄優奈さかきゆうな。ただの優等生の女子学級委員だと思っていたが、そうでもないようだ。

 やはり人物はよく観察しないとな。

 ただのモブなんて本当はいないのだ。

「「「ははは…………」」」

 俺たちは笑いあった。

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