俺、プリンセスと話をしていたらテニス部に埋もれる
俺がコンビニおにぎりを二個下げただけの格好で学食に戻ってくると
厳密には前薗に挨拶をしていく下級生が入れ替わり立ち替わりやって来ていた。
学園のプリンセスも大変だな。
前薗は俺が手にしたおにぎりを見ると憐れむような顔をした。
「それで足りるの?」
「ダイエット中だから」
「そんな必要ないでしょう?」
「正直なところ金欠だな」
「やっぱり」前薗は呆れたような溜め息をついた。「もう少ししたらお
「ラッキー」俺は嬉しさを少し殺して言った。
前薗は手にした保冷バッグはそのままに喋りだした。
「
「顔を見る用が」
「それだけではないでしょう?」
「何でわかる? 確かにおみ足も見た」
「相変わらずおとぼけね」あ、
「小町先生に何か報告するように言われているのでしょう?」
「それは前薗も、だろ?」
「私はときどき訊かれたことを答えているだけだわ」
「俺もだ」
「投書の話をされたでしょう?」
「あの先生、ほとんど無視しているみたいだけどな」
「一応、気にはされているのよ」
「そういうの分かりにくい人なんだよな」
「ウソおっしゃい。小町先生のことをとってもよく理解しているくせに」
あ、良いな、その表情。
俺は前薗の困ったような、呆れたような、少し怒ったような複雑な表情に
どうもふだんのプリンセスはニセモノの微笑で本来の姿を隠している。その実態に少しは触れられるようになってきたかと思うと感慨深い。
「
俺が言うと前薗は目を丸くした。そして沈黙。
見つめないでくれ。天に召されてしまうじゃないか。
「そんな投書があったの?」
またやらかしたようだ。やはり俺は黙って傍観しているべきなのだ。
俺は下手な口笛を吹いた。ふーふーっ。
「
俺は仕方なく小町先生から聞いた投書のことを話した。
「そんな投書があったの。愉快犯が多くて困ったものだわ」
「愉快犯なのか?」本当に?
「残念なことにふざけた投書をたくさん出す人が多いようよ。生徒会や部活連にもあるのだから教職員宛のものもあっても不思議でない」
「なるほど」だから小町先生はいちいちかまけていられないから無視するのか。
「それで千駄堀君に何をして欲しかったのかしら」
「危うく避暑会に行かされるところだったよ。俺、成績優秀者でもなければ東矢の友人でもないのにな。教師の権限で一人加えるくらいわけがないという言い方だったよ」
「そうね、小町先生ならゴリ押しできるかもね」どんな権力者だ。
「それにしても何かが起こるなんてあまりにも漠然としているわ。的中するに決まっているじゃない」
「ん?」
「毎年何かが起こるのが東矢家の避暑会よ」
「そうなのか?」ウヘ、行ってみたいな。観てみたい。
「今、行きたいと思ったでしょう?」前薗が俺の顔を覗き込む。
凄い破壊力だ。俺はスライムのようにぺしゃんこになった。
「それで前薗は何をするように言われているんだ?」
「私?」目を反らすなよ。「何だったかしら」
「やっぱり投書に基づくことか?」
「違うわ」
何か指示されていると思うのだが教えてはくれないらしい。まあ仕方がないか。
少しだけ間を置いて前薗が口を開きかけた時、学食に賑やかな一団がやって来て空気がガラリと変わった。
「
「あれ、千駄堀くんじゃん」軽薄な大崎の声が学食に響く。
お前、声がでかいんだよ。そういえばお前もテニス部だったな。兼部だからたまにしか顔出ししないと聞いていたが夏休みは部活しているのか。
「プリンセスとデートだなんてすみにおけないねえ」違うわ! どう見たらデートに見えるんだよ。
「知らなかったよ」日暮も
「それくらいにしてあげたら?」
村椿が歯止めをかけてくれた。最近味方してくれるようになったな。
「ボランティア部の打ち合わせでしょう」
「千駄堀くん、ボラ部だったんだ?」略すなよ。魚担当か。
「ランチタイムだ」
渋谷の一言で一斉に腰かける。
たちまち俺は取り囲まれた。既視感があるな。戯曲鑑賞した時以来二度目だ。
渋谷軍団は手持ちのバッグからコンビニで買ってきたと思われる食物を取り出した。
弁当だと保管に困る。部活をしているヤツはそこらで買ってくるか食べに行くことが多い。
学校側も夏休み中は大目に見ていた。
すると前薗が保冷バッグを開き、ランチボックスを取り出した。
「昨日村椿さんと仕込んだ唐揚げとゼリーよ」
「「おおお」」声をあげたのはもちろん大崎と日暮だ。
ゼリーはカットフルーツが混ぜられた自家製で一晩冷やして来たらしい。そして唐揚げは昨日仕込んだものを今朝揚げたという。
「ありがとう」揚げてくれてと村椿が礼を言う。
「すべて村椿さんのレシピだわ」
「「へえええ」」お前らすっかりモブになってるな。
「このくらいで良かったかしら?」揚げ具合を村椿に訊いている。
「完璧よ」
「良かった」
眩しすぎる。俺には目に毒だ。
「
「そんなことないわ」渋谷の一言に 村椿は顔を赤らめた。
「ヒューヒュー」やはり大崎のそれは余計だ。せっかくデレた村椿の顔がまた悪役美人になっているぞ。それもまた良いが。
「はい、千駄堀くんにもお裾分け」前薗の好意で俺にも唐揚げ一切れとゼリーが回ってきた。
「良かったな、千駄堀くん」だからお前は余計だって、大崎。
「ありがとな」
俺は遠慮なく唐揚げを手でつまんでかじった。とてもジューシーで旨塩の味付けも良かった。
これが村椿の味か。
俺はまた村椿を見直した。
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