俺、一学期最後の部会に出る

 今日で一学期の授業は終わりだ。明日は終業式。そして夏休みとなる。

 教室での観劇はしばらくなくなるな。そう思ってまわりに耳を澄ませる。

「夏休み入ってすぐ合宿だよ」日暮ひぐらしの溜め息が聞こえる。

「楽しいじゃん。何が不満なの?」同じテニス部の牧野原まきのはらが笑っている。

渋谷しぶや村椿むらつばきさんのしごきが。村椿さん、絶好調になってるし」確かに村椿は以前のキレを取り戻した。

「たった三日じゃん。他の学校と比べたらゆるいものだと思うよ」

 多くの生徒が掛け持ちしているせいか一つ一つの部活は実にあっさりとしている。俺が唯一所属しているボランティア部も夏休み期間中は数日活動するだけだ。

 夏期講習にも行かない俺にとっては天国のような日々が待っているはずだ。宿題さえなければ。

 小町こまち先生がやたらたくさん個人課題を出しやがった。B組では俺と大崎おおさきだけだ。

 大崎も悲鳴をあげている。今もうるさい愚痴をたれている。

「何だよ聞いてないよ。補習に出た方が楽じゃん」

 その補習を小町先生はなくしたのだ。自分の時間がとられるから。なんて先生だ。

「頑張りなさいよ」村椿が笑いながら大崎を激励している。

「半分やってくれね?」

「甘いわよ。自分でやらないと意味ないわ」

「つれないな」


 その放課後、俺はいつものように前薗まえぞのに連れられてボランティア部室にやって来た。

 一学期最後の部会だ。定例会でもある。小原おはら樋笠ひがさは遅れて来るようだ。

 そこには専属部員の小早川こばやかわもいた。

 三人で紅茶を飲む。ゆるゆるとした時間だ。小早川がどこかから氷を調達してくれたので、俺と小早川は冷やして飲んだ。

純香すみか、水着新しくするの?」小早川が前薗に訊く。

 何だって? 俺は存在感をさらに消して耳を澄ませた。

「ええ、今度村椿むらつばきさんと酒寄さかきさんとで見に行くつもりよ」

「何で? サイズ変わった?」明らかに前薗の胸を見ている。

「変わってないわ」前薗は微笑む。

「最新のにするのか。羨ましい。私は手持ちのかな」小早川は残念そうだ。

 ほんとうはこそ流行はやりを意識していると俺は思う。親が離婚していなければ新しいのを買えたのだろうか。

梨花りかも新しくするんだろうな。また大きくなったみたいだし」それも羨ましいという顔を小早川はした。

 前薗や小早川より小柄な小原はなぜか胸だけボリュームがあった。どんな水着を着るのか知らないが俺にとっては目に毒だろう。鼻血が出るレベルだ。

 というかなぜ水着? プールにでもかるのか?

千駄堀せんだぼり君、ダメよ、想像しては」前薗が目を細めた。怖い。

「梨花のなんて見たら目がつぶれるよ」小早川はコロコロ笑った。

 その小原梨花おはらりか樋笠ひがさとともにやって来た。

「何か面白い話してたの?」小原が俺たちを見回す。

「水着買う話してたら千駄堀せんだぼりが食いついてさあ」

「千駄堀くんも男だね」樋笠が爽やかに笑う。

「そんなんじゃねえ」俺は声をあげていた。

 女子の水着姿なんて見る機会はないからな。体育で水泳の選択授業はあるが男女別々で学校指定の水着だし。

 五人揃ったところで部会が始まる。夏休みの活動の確認だ。

 俺が関わる機会はやはりそれほど多くはなかった。よしよし俺の時間は確保されそうだ。

 ほぼ終わったかという頃、扉が開いて小町こまち先生が入ってきた。

 怪訝けげんな顔をする俺に向かって小町先生は呆れたように言った。

「顧問の私が来てはいけなかったかしら?」

「歓迎します」

「よろしい」

 初めて見たよ。部室にいる小町先生。

「先生も水着買った?」小早川は誰にも遠慮なく訊けるヤツだった。

「なぜ私が水着を?」

「引率者はプールにもいたよ。水沢みずさわ先生も際どい水着着てナンパされるのを待っていた」

 樋笠と小原が大笑いしている。

 いったいどういう状況だ?

 そんなシーンがあったのか?

「水沢先生の名誉のために言うけれど」前薗が苦笑しながら口を挟んだ。「水沢先生は水着の上からガウンを着たままプールサイドでじっとしていたわ」

 何だ、やっぱり。

「代わりに沢辺さわべ先生が水球すいきゅうの水着着てボール遊びしてくれたな」樋笠が楽しそうに語る。「俺たち翻弄されたよ」

「その役は若い先生にしてもらいます」

「先生、若くないの?」

「もうとしです」若作りする意思はないようだ。

 しかしS組の破壊力は凄まじいな。小町先生をこれだけいじれるのだから。

 おそらくは避暑会の話だと思うが残念なことに俺はその現場にいない。後に樋笠にでも教えてもらうことにしよう。まあ、そこに同席したらしたで陽キャ連中の振る舞いにやられて吐き気をもよおすだろうけど。

 部会はお開きとなり解散するはずだった。しかし俺は小町先生に呼び止められた。

「夏休みの課題よ」

 樋笠が気の毒そうな顔をして帰り支度を始めた。

「課題を減らしていただけるので?」

「数学はあれで良いわ」

 あれだけでも十分お腹いっぱいですけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る