俺、ダメ出しされる

「それでは不合格ね」

 小町こまち先生の冷たい声が俺の胸に響く。心地よい。

 課題提出のために俺は職員室を訪れていた。

「やっぱダメっすか?」

 俺は溜め息をついた。もちろん演技だ。叱られてしょんぼりする振りは慣れている。ときどき小町先生の美貌をこっそり見上げてうっとりする。

「つまらない計算ミスが多すぎるわ。字が汚ないから自分で書いた数字や文字を見誤るのよ」そっちかい。

 職員室には他の教師もいた。だから数学の課題を見てもらいながら人間観察の途中経過を報告していたのだ。

 まるで将棋を指しながら世間話をするジジイだ。

 いや小町先生ならオセロの方がイメージに合っているかな。今日もモノクロトーンだし。

 黒いシャツに濃いグレーのスカート、黒タイツ。顔や手が白いからコントラストが明瞭だ。

「クラスが良い雰囲気なのは良い傾向ね」表情は変わらないがご機嫌なようだ。

「明日から試験前一週間。生徒の職員室への出入りができなくなるわ」それはつまらないな。

「試験が終わった時にはたっぷりと報告が聞けそうね」

「俺が赤点とらなかったらどうするつもりで?」俺を呼び出す理由がなくなるではないか。

「あら千駄堀せんだぼり君、あなた、赤点とるでしょ?」

「は?」

「わざととっているのは知っているのだから。何人かそういう生徒がいるのだもの。計算ミスもわざとらしいし」

 いや、誰かと間違えてませんか。俺は手を抜いてませんが。それに計算ミスは字が汚いせいと言ったのは先生ですよね?

「それとも、もう赤点をとらないと言うの?」

「クラスの平均点を上げるために俺も協力しないと。最近村椿むらつばきにも認知されてしまったし、変な点をとると風当たりが強くなるもので」

「そうね、平均点アップは大事だわ。頑張りなさい。本領を発揮して五十点をとるのよ」

 俺の本領ってそのくらいですか。まあ当たってますが。

「心配要らないわ。赤点がいなくなれば成績下位五名程度に補習を課せば良いのだから。それなら千駄堀君も入るでしょう」

「はは……」

「うちのクラスが最もA組に肉薄しているの。この流れは大事にしないとね。千駄堀君とか大崎おおさき君には期待しているわよ」

「はい、頑張ります」何でそうなるかな。

「あとはやっぱり村椿さんね。集中力が失われたというか、モチベーションが下がっている気がするわ。限界を感じているのかしら。いくら頑張っても五位より上には行けないとか思っていたとしたら危ないわ。手を抜いたら一気に十位以下になる」そうなって困るのは小町先生ですよね。

「ニンジンをぶら下げると良いのかな」村椿は馬ですか。

「何がニンジンになるのだろう」そんなこと知りませんよ。

「そのあたりの情報がもっと欲しいわね。千駄堀君、介入しなくて良いと言ったけれど、インタビューはして良いのよ。ただ見ているだけでは得られる情報も限られる」

「俺、コミュ障なんですけど」

「嘘おっしゃい。その気になれば誰とでも話はできるでしょう?」まあそうですが、見ているだけの方が楽なもので。

「千駄堀君にはとても期待しているわ」

 小町先生はまた下手くそなウインクをして見せた。どうやら先生の脳内ではこれが流行りのようだ。


 放課後、俺はボランティア部部室を訪れた。

 前薗まえぞの小原おはらがいて、いつもの三人による定例会が開かれる。

 試験前なのでしばらく定例会が開けないから開いたわけだが、たいして確認事項もなく五分もたたずに終わってしまった。

 小原はすぐにレクリエーション部へと向かい、俺は前薗と二人になった。

 学園のプリンセスと二人きりとは緊張する。何度かそういう機会があって少しは慣れたのだが。

「じゃあ」と席を立ちかけた俺を前薗は呼び止めた。

「紅茶はいかが?」

「頂戴します」

 俺は腰を下ろして畏まった。

 前薗は目を細めた。

 何これ?

 人を意のままに操るってこういうこと?

 これから優雅なひとときが始まる。

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