俺、B組の決意表明を聞かされる

 別の日の放課後、教室で化学の計算問題に関する勉強会が開かれた。

 講師役は村椿むらつばきで、一部のガヤ――大崎おおさきだとか日暮ひぐらし――以外は黙って真剣に聞いていた。

 村椿は先日実験で自ら間違えた点を自虐的に解説しながら計算問題のポイントを語った。

 勉強会の進行は学級委員の二人、三井みつい酒寄さかきがしている。この二人は常日頃B組の成績アップを口にしていた。それが学級委員の義務であるかのように。

 二年生になってから中高一貫生と高等部入学生が同じクラスになった。一年生の時は四クラスずつ別々だったのだが今は全クラス混合クラスだ。

 そしてA組だけが学年総合順位五十位以内の人間だけで構成されている。その他の七クラスはほぼランダムにクラス分けがなされ、七クラスの間では成績に差がないはずだった。

 しかし一学期中間テストの成績はB組が少し抜きん出てA組に次ぐものとなった。恐らくはクラスによって生徒の学業に対する取り組み方にいささか差異があるのだろう。

 特に二人の学級委員は、勉強でA組に肉薄し、さらにその上を目指そうとしていた。

 はじめは大崎に村椿が教えるだけのこじんまりとした話だったのがクラス全体の勉強会に発展したのは学級委員の意向だ。この二人はなかなか賢く、狡猾に立ち回っている。

 村椿や渋谷しぶや前薗まえぞのが表に立っていて学級委員は裏方みたいに見える。ある意味学級委員という肩書きが隠れ蓑になっている気がした。学級委員だから勉強会を設定して進行している、という言い訳ができるのだ。

 俺もはじめは三井みついだとか酒寄さかきといった名前は覚えていなかった。単に男の学級委員、女の学級委員といった認識だったのだ。それはモブ扱いと変わりない。

 モブかどうかは視点となる俺がしっかり見ているかどうかで決まる。じっくり見れば奴らも主人公なのだ。

 講師役の村椿が説明を終えると進行役で男子学級委員の三井が教壇に立った。

「みんな、俺たちはA組のように選ばれた人間ではない。しかし努力でA組に肉薄するところまで来ている。期末テストではさらに躍進して彼らに並ぼうじゃないか。そしていずれは俺たちがA組になる!」

 いやクラス名は変わらんだろ。「」じゃあるまいし。

 しかしクラスが沸いた。何人かのノリの良い生徒が拍手するだけで、このクラスは沸いたようになる。

「マジかよー」

 大崎が呟いたが地声が大きいのでよく聞こえた。間の抜けたセリフは耳に刺さるのだ。

 立っていた村椿がささっと大崎に近寄り彼の頭をはたいた。女子がクスクス笑っている。

「いてえな」大崎が怨み節をあげた。「暴力反対」

「クラスの成績は大崎にかかっている」村椿は真顔だ。怖いな、やっぱり。「大崎なら三十点アップも狙える」

「ひでえ! 俺が赤点スレスレなのばれるじゃん」

 今更かよ。自分でいつも言ってる癖に。

 しかし正論だ。村椿たち成績優秀者がどんなに頑張っても五点かそこらのアップしか見込めないだろう。しかし下位層なら大幅な得点アップが見込める。それが平均点を押し上げるのだ。

 だからこそ、このような勉強会をしているのだ。俺はやる気はないが。

「大丈夫だ。俺たちならやれる。出涸でがらしのA組なんて目じゃない」

 渋谷が大崎に言った一言はクラス全体に聞こえた。

 それ狙ってた?

 クラス中の女子が渋谷に熱い視線を送る。村椿もその一人だ。いや自覚はないだろうが女子の中で一番熱い視線だ。

 前薗まえぞのだけが苦笑していた。目は細めているが眉の形がだ。

 この寸劇を仕組んだのは誰なのか俺は知らない。しかし前薗はこれを大根役者の戯れと感じたようだ。俺にはそう見えた。うん。

「渋谷君、すごい」俺の後ろで声がする。

「ほんと」

「ついていきます」

 日高ひだか松山まつやま川島かわしまだ。彼女たちは渋谷と前薗がいるクラスをA組と思っているのかもしれない。このクラスで良かった、と言い合っている。

 全くめんどくさい。この中から村椿グループが横暴だと思っているヤツを探すのは無理だな。

 俺は見たままを小町こまち先生に報告し、小町先生の判断に任せることにした。最初からそういう話だったのだが。

 俺が介入するとろくなことにならないからな。

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