俺、女子二人とランチする

 六月下旬の観劇当日、雨が降ったりやんだりしていた。晴れ間は見えない。

 午前の授業が終わるなりボランティア部で待ち合わせてすぐに移動開始した。いつもの三人だ。といっても駅までの道は、 前を前薗まえぞの小原おはらが並んで歩き、その後を俺がひとりで歩く格好となった。

 当たり前だが俺はいつもひとりだ。電車に乗ってからようやく三人で向き合う。小原が時々俺に話しかけるからだ。

千駄堀せんだぼり君、身軽ね」

「ほとんど学校に置いてきた。傘を持つんで荷物になるからな」

「あたしもそうすれば良かったよ」

 小原も前薗も通学鞄を背中に背負っていた。手には傘だ。

「数学の宿題はしてあるんだ?」前薗が訊いた。

「いや、宿題はいつも小町先生の前でするから」

「補習なんだね」小原が憐れむように微笑んだ。

 十分もしないうちに電車を降りた。ここから徒歩十分以内。先にランチをとることにした。

 小原が行きたがっていた小洒落たレストランに入った。

 天気が悪いにもかかわらず、店は混んでいて、席に着くまでに少し待たされた。

「秀星の子達がいるわ」

 小原が言うように、混んでいるのは午前の観劇を終えた秀星しゅうせい学院の生徒が何人もランチを食べていたからだ。

 秀星学院も女子生徒が多い学校だったが、テーブルは女子のみのテーブル、男子のみのテーブルに分かれていて、その数は同じに見えた。

 そのうちの男子のみのテーブルにいた四人が俺たち三人を観察するかのように見た。

 正確には前薗と小原を見ていたと思う。俺は空気みたいなものだ。

 前薗はミス御堂藤みどうふじとして他校の生徒の間でも知られていた。小原も可愛くて、前薗と一緒にいても見劣りしないから、秀星の男子生徒には可愛い御堂藤学園女子が二人、席が空くのを待っているように見えただろう。

 ひとりが立ち上がってこちらへやってきた。

「御堂藤の前薗さんだね、秀星の××です」とか言って前薗と小原に話しかけた。

 そいつの名前はよく聞こえなかった。男の名なんて聞こえない。

「良かったら一緒にどう? 二人くらいなら詰めれば坐れるよ」

 ボックス席は六人掛けにできないこともなかった。

「ありがとう、でも三人なの」前薗は微笑んだ。

「あ、そうなんだ」そいつは初めて俺の存在に気づいたようだ。

 まあ、俺が気配を消しているんだけど。

「俺はいいけど。ひとりでラーメンかそばでも食ってくるし」

「ダメよ、係の仕事があるんだから一緒に行動しないと」小原がダメ出しした。

 それでそいつは自分達の席に戻った。

「声かけてくるのにろくなのいないから」小原が俺の耳元に囁いた。「純香すみか狙いも多いし」

「なるほど」

 見た目よりも小原はしっかりしている。前薗へのナンパの障壁として常に活躍しているようだった。

 前薗は困ったような笑みをたたえていた。

 やがて別のところで席が空き、俺たちはようやく昼飯にありつけることとなった。

「時間があまりないから急いで食べないと」前薗が言い、「せっかく着たのにデザートは?」と小原は不服そうだった。

 俺は運ばれてきたランチを食べるのに五分もかからなかった。お嬢様たちはとても上品に召し上がったので時間がかかった。

千駄堀せんだぼり君、そんなに速く食べておいしいの?」小原が不思議そうに俺を見た。

「うまかったよ。この店教えてくれてありがとう」

 ひとりで入ることもない、ましてや誰かと入ることはもっとないけど、とは言わなかった。

「でしょう。今度また来ようね。その時はゆっくりしよう」小原は裏表のない可愛い笑顔を俺に向けた。

 そういうので男は勘違いするからやめた方が良い。

 前薗よりずっと敷居が低くて身近だから小原は人気が高い。俺でなかったらもっと距離を縮めようとアプローチすることだろう。

 秀星学院の生徒たちが食事を終えて徐々にその数を減らし、代わりに御堂藤みどうふじ学園の生徒が現れ出した。

 学年はバラバラで、中等部の制服が来たと思ったら、その三人組のひとりは俺の妹の双葉ふたばだった。

 双葉たちは俺たちほど待たずに席に着いた。

 俺は先に食べ終えていたので双葉たちを観察した。

 クラスメイトなのかテニス部の仲間なのかわからないが、双葉はしっかりと中心人物となっていた。ボッチで目立たない兄と違い、妹は陽キャ・リア充グループにいる。

 目があったので、にっと笑いかけると、双葉は怪訝な顔をした後、俺だと気づき、そして俺と同じテーブルにいる二人を見て慌てて立ち上がった。

 双葉がこちらへとやってきた。

「前薗さん、小原さん、こんにちは」双葉は如才なく頭を下げた。「千駄堀双葉せんだぼりふたばです」

「あ、確かテニス部の」前薗は双葉のことを知っているようだった。

「え、千駄堀って、もしや千駄堀君の……」小原が俺と双葉を見比べた。

「妹です。いつも兄がお世話になっております」俺が答えるより先に双葉は答え再び頭を下げた。

 俺は出る幕がない。いかに黒子といえども立つ瀬がない。

「可愛い! 全然似てないじゃん」小原は容赦ない。

「妹は父親と母親の顔がうまくバランスよく融合されたからな、俺と違って」と俺は不貞腐れたような言い方をするしかなかった。

「そんなこと言わないのよ、千駄堀君。よく見たらどことなく似ているわ」前薗がフォローした。

「良かったね、ツクシ。前薗さん、とても優しいわ」

 そんな言い方したら小原が優しくないように聞こえるぞ。

「妹ちゃん、お兄ちゃんじゃなくて名前で呼び捨てしてるんだ」小原はそこが気になったようだ。

「千駄堀家では名前で呼びあってます」

「お父さん、お母さんも?」

「ああ、両親も名前だな。いちおう、さん付けするけどな」俺は答えた。

「おもしろーい」小原がうけている。

 あまり長く話をしているわけにもいかないので、妹はそれで引き上げていった。

 先輩方に挨拶と称して顔を売りに来たのだろうと俺は思った。

 しかし同じように顔を売りに来る者がその後も絶えなかった。何人かが前薗と小原を見つけて挨拶に来た。俺は空気だったので視野にも入らなかっただろう。

 改めてこの二人が学園では有名人だと思い知らされた。そしてそれは店を出たあとも続いた。

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