俺、ボランティア部定例会議に出る
俺はその日、週二回の部活動があったため部室を訪れることにした。
俺が部活をしているなどと誰が思おう。いや誰も興味も持たないか。とにかく、俺は担任の小町先生に
専属部員が五名以上でないと部から同好会に格下げになるから、枯れ木も山の賑いになれと言われたのだ。実際に小町先生が俺のことを枯れ木と言った訳ではないが。
俺が部室に顔を出すと、すでにいつもの二人がいた。部長の
専属部員五名いるはずなのに、部室に来るのは俺を含めてこの三人というのが通常営業だった。
前薗は俺と同じクラスなのにもう部室にいた。俺が
「ヤッホー、ツクシくん」と馴れ馴れしいのは小原だ。その時の気分で呼び方は変わる。
俺の名は
「お疲れさま」
前薗は目を細めてにっこり微笑んだ。まさに癒しのプリンセス。この御堂藤学園の顔だった。
「会議を始める前に」前薗は何やら前置きを始めた。「先ほど〇〇園からメール連絡がありました。デイサービスに通う男性が送迎車が来る前に家からいなくなって、近所で保護されたとのことです。その際御堂藤学園の男子生徒が保護に協力したとのことで、家族や施設は大変感謝しているそうです」
「え、だれだれ、大活躍じゃん」小原はいちいち身振りが大きい。
「その男子生徒は『しばらくぶり』と名乗ったそうです」
「しばらくぶり? 挨拶じゃないの、それ」小原は目を丸くした。
「これって
「俺、そんな名前じゃないし」どう聞き違えたら「千駄堀」が「しばらくぶり」になるんだよ。
「え、せんだぼり、しばらくぶり。全然違うじゃん、ウケる」
小原は大笑いだ。腹を抱えたり、机を叩いたり。前屈みになったときはスカートが舞い上がって目に毒だ。ていうか、短すぎじゃね、スカート。校則違反で捕まるよ。
「どこかにお節介な奴がいたんだろ、知らんけど」俺はとぼけた。
「千駄堀くん、今日遅れてきたよね」前薗は少しだけ首をかしげて微笑んだ。「知らないなら良いわ。あなたは舞台にいても
「バイスタンダーと言ってくれ」俺はようやく近くの椅子に腰掛けた。
「は? パイしたんだ? ペイしたんだ? 何?」小原は俺よりずっと勉強ができるが、ビントはずっとずっとズレている。
「さて、会議を始めましょう」
前薗はたった三人による定例会議を始めた。老人施設の誕生会。学童保育のストーリーテリング。近隣のゴミ空き缶回収。いつもの予定を述べたあと、イレギュラーな活動に触れた。
「市民会館での戯曲鑑賞がある日、見廻りのお手伝いをします」
「ああ、いつものね」
小原は理解しているようだが、今年ボランティア部に入部したばかりの俺はどういうことかわからなかった。
「学校から市民会館への移動と戯曲鑑賞が終わった後に生徒たちが秩序正しくしているかの見守りよ」
「それって、先生とか生徒会とか美化風紀委員の仕事じゃないのか?」
「手が足りないから、部活連などの生徒組織もお手伝いしているの。私たちボランティア部もお手伝いします」
「中高六学年で千三百五十名くらいになるからね」小原が継いだ。「それに午前の部は秀星学院も来ているから、お昼は両校の制服がゾロゾロと歩いているだろうし、騒いだりしたらクレームの嵐よ」
当日は二つの学校で午前午後とも貸し切りになるようだ。
「よく秀星と一緒になるよな」
「姉妹校ではないけれど交流は活発なの」
「生徒同士の個人的交流もね」
「個人的交流?」
「男女間のよ」小原がにっと笑った。
「ああ、そういう……」
我が御堂藤学園は校則で生徒同士の男女交際を禁止していた。違反したからと言って停学になるわけでもないが、教師の執拗な指導を受けることになる。だからバレないようにするしかない。
しかしそういうのを妬む生徒もいて密告があったりするから容易ではなかった。それを気にする生徒の中には校則をうまく解釈して他校の生徒となら交際しても良いだろうと考え、実際にそうしている生徒がいると聞いたことがある。
「で、小原も秀星の生徒と交流しているのか?」
「うん、て、あたしのは部活の交流だよ」男女交際ではないらしい。
「なんだっけ?レクリエーション部?」
「そうだよ」
「ふうん」
「あ、何か良からぬ交流だと思ったね」小原はジト目を向けた。
「いや」少しは思ったけどな。
「それはそれとして」前薗は話を戻した。「駅前や道に案内係として立って円滑な移動をしてもらうの。下校時は寄り道しないかの確認もね」
ファミレスなどにたまらないか目を光らせろということらしい。
「憎まれ役だな」
とはいえ、部活連を中心としたグループなら学園内でカースト上位の生徒たちの集まりだから誰も口を出せないだろう。むしろ、部活連の方こそ見守り役の打ち上げと称して店に寄る連中がいそうだ。
「見守り役も、終わったら真っ直ぐに帰らないとな」
「そうね」前薗はわかっているようだ。
「えええ、スイーツのお店に行きたいのに」わかっていないのは小原だった。
「今度、私服の時にね」前薗が言い聞かせる。
「帰りに寄るのが良いんじゃない」小原は不満そうだった。
我が御堂藤学園の最寄駅と違い、市民会館のある駅は市内最大の駅でJRと私鉄もあるから人で溢れている。近くに寄りたいところがたくさんあるのも仕方がない。そんなところに制服姿でうろちょろするのを学校側は良しとしなかった。
「制服はフォーマルでなくて良かったよな?」俺は何気なく訊いた。
「うん、大丈夫だよ」小原が答えた。
御堂藤学園の制服はバリエーションが豊富だ。女子の制服は何種類あるかわからない。六月のこの時期は上下とも白のセーラー服が多かったが、スカートだけ濃紺のプリーツにしたり、チェック柄のプリーツにしたり、靴下も白のソックスやら紺のソックスやら黒タイツ、ベージュタイツなどいろいろいて、よく知らない人には同じ学校の生徒に見えないだろう。
ただ、始業式などの公式行事の際はフォーマルとして一つのパターンに統一されていた。全員がそのパターンを着ることを求められる。
「かなり着崩したら、どこの生徒かわからないんじゃね?」俺は言った。「店でダベっていても」
「そんな、着崩すなんてできないよ」小原は言う。「ボランティア部は地域住民に知られているし」
その割にはスカート短いよな。何回折り曲げてるんだ。まあ、チェック柄のプリーツは短い方が似合ってるけど。
「その見守りに立つ位置って決まってるのか?」
雨が降ったら嫌だなと俺は思っていた。梅雨に入っていて、毎日曇り空にはなっている。
「私たちボランティア部は駅から市民会館までの間にある大きな交差点のところよ」前薗が答えた。「歩行者信号が点滅したら速やかに渡らせる。信号待ちは綺麗に整列して、一般の方の邪魔にならないように配慮する」
「めんどくせえ。小学生だな」
「団体に年齢は関係ないわ」確かに。
「それで始まる前の交通整理はいつまで立っていれば良いのかな? 出席の点呼に遅れないようにしたいんだが」
「そうね、集合時刻ギリギリになったら私たちも市民会館へ向かいましょう」
「やっぱりギリギリか」俺は苦笑した。
「点呼の班長は誰かしら?」
「村椿なんだが」
「だったら、村椿さん自身も誘導係だから彼女もギリギリに現地に着くと思うわ」
それでカリカリしていたのか、と俺は納得した。あれもこれもやらされてと思っているに違いない。
「最終的に、遅れてくる生徒は先生方に任せることになるわ」
「お昼、どうする?」小原が期待した顔で口を挟んだ。「どこかで食べるの?」
「そうしたいけれど、ゆっくりもしていられないし、店で騒いだりしないか取り締まる立場だから」
「取り締まるためにはお店に入らないとダメよね?」
「そりゃそうだ」俺は納得してしまった。
「じゃあ、この三人でどこかで食べましょうか。短い時間ですませることになるけれど」
「俺は構わない」
ボランティア部に入ってからこの二人と店に入ることが増えた。それまでボッチの俺は女子とランチすることなど一切なかったから、ライフスタイルが一気に変わった感じだ。
「どこが良いかなあ」小原はノリノリだ。
「食べたらすぐに出るのよ」前薗が言っても小原は全然聞こえていなかった。
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