俺、村椿に注意される
その日の放課後ショートホームルーム。舞台観劇の話が出た。
俺が毎日行っている現実世界を舞台にした観劇ではない。市民会館へ足を運んでそこで戯曲の鑑賞をするのだ。
わが
「チェーホフの『ワーニャ伯父さん』です」と小町先生が説明した。「名画座オリオンの公演です」とつけ加えた。
生徒の中から渋そうな声が聞こえてきた。
「他に何か面白そうなの、なかったんですか?」と無遠慮に訊けるのは大崎という男子生徒だ。
実はこの二年B組で最もメジャーなグループの一員だった。生徒の不平不満の声を上げる役割を担っている。
別に本人は役割などと意識していないが、多くの生徒は彼をそういう役割の人物だと認識していた。
「教養を身につけるための授業の一環です」
「でも、レクでもあるわけですよね?」
「こういう機会でもないと観たりしないでしょう?」
「そりゃそうだ」と納得してしまうのも大崎だった。
「先生はご覧になったことはおありなんですか?」よくとおる綺麗な声をあげたのは
クラスの女子たちが王子様を見るように渋谷をうっとりと見つめている。
「いいえ、観たことはありません。ですから楽しみにしています。どれほどのものなのか」
私を感動させてみなさい、と言わんばかりの調子に俺は呆れた。
感動するような話なのか、俺にはわからなかった。他の奴らもそうだろう。
「感想文の提出が義務づけられていますから、そのつもりで鑑賞するように」
「それは誰が見るのでしょう」感想文は誰が読むのかと訊いたのは男子学級委員の三井だった。「評価がつけられたりするのですか? つけられるとしたらどの教科に?」
「感想文は教職員が分担して読みますが、点をつけたりすることはありません」
「わかりました」
こいつら去年も同じこと訊いたのか? 観劇や映画鑑賞は去年もあったし、感想文も提出しただろう。俺は何を書いたか覚えてないけど。
とにかく、いちいち確認しないと気が済まない奴がいるようだ。
「なお、演じる劇団が名画座オリオンで、平日の日中に市民会館で公演することは滅多にないとのことです。貴重な経験ができるそうです」
「それって、どなたがおっしゃっておられたのですか?」
「演劇部顧問の
ああ、というため息が聞こえた。教職員が自分の趣味で選んだのは間違いなさそうだ。
「公演は二時開始です。中高六学年全員が昼休みに余裕をもって移動できるはずですが、くれぐれも一般の方に迷惑をかけないよう注意してください。それから班ごとに点呼して班長に出席状況を報告してもらいます。勝手に下校したりしないで下さいね」
そんなやり方で出欠がとれるのか。担任によっては自らの目視で生徒を確認することもあろうが、小町先生はそういうことをしないと俺はみた。何しろ俺の遅刻に気づかなかったくらいだから。
「途中で脱走すっかな」小町先生に聞こえないくらいの声で、
「良いよな?」と隣の
「ダメだよー」と言いつつ牧野原も笑っていた。
ホームルームが終わり、下校して良いことになった。
俺が立ち上がろうとしたら、後ろから
「点呼の時、ちゃんといるんだぞ、日暮」
「わかってるよ」日暮は頭を掻いた。
この列のいちばん後ろ、前から数えて六番目の席にこの列の班長をしている村椿がいて、常に目を光らせていた。
成績だけでなく、その美貌もクラス一だと俺は思う。
同じクラスにミス御堂藤とかプリンセスと呼ばれる
前薗の癒し系と比較して、目がつり上がった怖い顔で、自信満々に振る舞うからドラマや漫画では
「それから……」と村椿はすでに立ち上がっていて身動きとれない俺を見上げた。「えっと……」
「
「千駄堀も遅れて来ないように。点呼する私の身にもなって」
「わかったよ」てか、いい加減、俺の名を覚えろよな。頭が悪い訳じゃないんだから。確かに覚えやすい名字ではないけど。
俺たちの班は一班。六人で構成されるが、どうも俺と日暮が問題児にされていた。日暮は落ち着きがないし、俺は影が薄いからいなくなってもわからない。あとは素直で扱いやすい面子だ。
「じゃあ、よろしく」と村椿は言って背中を向けた。
「全く、なんで班行動なの」とかいう村椿のぶつぶつが聞こえてきた。日暮が肩をすくめた。
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