俺、いつものように教室を観劇する
午後の授業がまもなく始まる頃に俺は二年B組の教室に入った。
ここは舞台。観客席ではないから俺は存在感を消している。
俺の席は廊下側いちばん端の前から二番目だ。席に着くと、いちばん右の前から二番目という表現もできる。外の日が入る窓際の席に比べたら、いくら灯りがあったとしても暗い。俺にはぴったりだったが。
そしてすぐ前の席の奴は壁に背をあずけて横向きにすわっていた。そいつにとってその姿勢がいちばん落ち着くのだろう。教室全体を見渡せるし、何かお喋りをするのに都合が良い。とはいっても、そいつが喋る相手はすぐ隣の奴かそのすぐ後ろ、つまりは俺の左隣の奴しかいない。何しろ最も近い俺がすっかり存在感を消しているからだ。
そいつは
「眠いなあ、午後。帰りたいよ」日暮が言った。
それに対して左横の牧野原が訊く。「帰って何するのよ?」
「寝る」
「授業中も寝てるじゃん」
「それはそれ、これはこれ」
「意味わかんない」牧野原が後ろの紙敷を振り返って同意を求めた。
「寝る子は育つのよ、きっと」紙敷は時々こうしたおかしな返しをする。
それ以上育ってどうするんだ、と俺は内心思ったが、気配を消していた。
「今日、部活あるじゃん」牧野原が言った。
日暮と牧野原は共にテニス部だった。
「はあ、部活だったよ」日暮は額に手を当てた。「
「期待されてるからでしょ、日暮くん。私はマイペースでゆるゆるやってるけど」
「そんなにすごいんだ、日暮くん」紙敷が訊いた。
紙敷は文化系だ。何の部活か忘れた。テニス部で顔見知りの日暮と牧野原と違い、紙敷は席が近いという理由で二人とお喋りしていた。
「なになに、見に来る? 俺っち」
「見てみたいな、渋谷くんのシゴキ」
「何だ、それかよー」
牧野原があきれ笑い、紙敷はクスクス。いじられ役になってもうるさい日暮。まさにB組の日常。俺はヤヤウケくらいのつもりで観劇していた。
席に着いた状態ではこの三人がひとつのグループをつくっている。こうした小さなグループがいくつもある。それがクラスの「正常」な姿だ。二年B組も例外ではない。
ただ、その小さなグループは状況によって目まぐるしく変貌する。
五時限目が終わった後の休憩時間、その三人の姿はなかった。牧野原は教室の外へと出ていったし、紙敷は後ろの方にいる女子と談笑していた。日暮は真ん中あたりで男子二人とダベっていた。それが休憩時間の様子。
おそらく放課後はまた別のグループ分けがなされるはずだ。部活の仲間同士、同じ方向へ帰る者同士。
ずっと離れず一緒にいる仲間というのは実は珍しい。
結局のところ、ボッチがその場その場の状況に応じて誰かと適当な距離で仲間ごっこをしているのではないかと俺は思う。
俺はそれを遠くから、いや近くにいるのだが、いないふりをして観察しているのだった。そしてその観察結果を時々担任の小町先生に報告しているのだ。
何だかスパイとか
小町先生はそうやってクラスの様子を探索していた。おそらく俺以外にも報告をさせている生徒がいるに違いない。そうやってクラスのクラスター分析をするのが小町先生の趣味、いや研究テーマのようだった。
はじめは生徒のことを思ってやっているのかと思ったが、そうではなかった。純粋に小町先生個人の嗜好なのだ。まあ、あの先生が生徒のためを思って行動することがあるとは思えない。小町先生は最近統計による分析に凝っていて何でも研究テーマにしてしまう。すっかり分析オタクになっていた。
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