俺、交差点に村椿と立つ

 持ち場の市民会館すぐそばの交差点では担当者が四つのかどに分かれて立つ。

 そこは大きな交差点で生徒も多く立ち止まるから二名ずつ立つことになり、前薗まえぞの小原おはらが並んで立っていた。

 俺はその対角線にあたるところに立っていた。なぜか相方は村椿むらつばきだった。

「班長、俺、千駄堀せんだぼり、来てますのでよろしく」

「点呼は会場に入ってからよ」そんなの常識じゃない?と村椿は不機嫌そうに言った。

 どうも村椿は俺みたいなのと二人で立っていることが気に入らないようだった。本当は渋谷しぶやあたりと一緒にいたかったに違いない。

 その渋谷はA組の高原たかはららと駅近くで生徒の案内と誘導をしていると聞いた。

 渋谷と高原は中等部からの内部進学生だったから、俺や村椿のような高等部進学生とは付き合いの長さが違う。男女でありながらマブダチのようにじゃれあっているに違いない。

 そう想像しているからか、村椿は落ち着きがなかった。

 やがて、そろそろ当番も引き上げて会場に入っても良さそうな時間帯になった。それを示すように駅の方から渋谷と高原ら何人かの部活連がグループになってやってきた。

 渋谷の姿を見つけた村椿の顔がゆるむ。

 恋する乙女は美しい。こいつ、こんな顔もするのかというくらいに村椿は可愛い顔になって、渋谷の方に手を振って声をかけようとした。

 しかし運悪く信号が変わった。

 渋谷たちは俺たちの方へと渡らず、先に前薗と小原がいる方へと渡って行った。そうなるともうこちらへ来ることはない。そのまま次の横断歩道を渡れば市民会館の一角になるのだ。

 村椿が落胆したのがよくわかった。

 単に交差点で合流できなかっただけ。それなのにこの落ち込みよう。他に生徒がいればそうした姿を見せなかっただろうが、あいにく誰もおらず、なおかつ俺は気配を消していた。

 村椿が俺の存在を忘れていたとしても仕方がないだろう。何しろ俺はなのだから。こうしてクラスや学園内を鑑賞しているのだ。

 舞台で観る虚構の演劇より現実を鑑賞する方が俺には面白い。

 交差点の対角で合流した渋谷たち。前薗や小原もいて、楽しそうだ。それを羨ましそうに見る村椿が何となくいじらしかった。

 信号が変わり、渋谷たちが前薗や小原を連れて渡り始めた。もう誘導係はお役御免のようだ。

 小原がマスコットのようにピョンピョン跳ねながら渡る。その頭を渋谷がおさえていた。彼特有のいじり方だ。

 渋谷を中心にして「学園の顔」たちが大きな群れを作っていた。

 彼らが向かう先に俺や村椿が行くには信号が変わるのを待つしかない。

 じっと二人で立っていたら、こちらへ渡ってくる人影もあった。渋谷たちグループの最後尾にいて前薗や小原がいるところへ渡りきれず取り残される形になった者が俺たちの方へ渡ってきたのだ。

 その人影は二つあった。

「村椿さん、お疲れさま」

 声をかけられて村椿は渋谷たちから目を離して、初めてその人物を見た。

東矢とうやさん……」

 生徒会副会長の東矢泉月とうやいつきだった。

「私たちも会場へ入りましょう」

 東矢は全く無表情のまま村椿に言った。彼女なりにねぎらっていたのだろうが、クールビューティだから伝わりにくい。

「そんな時間なのね」村椿はちょっとうろたえていた。

 彼女は、渋谷をずっと見つめていたことを知られたのではないかと思ったかもしれない。

 しかし東矢の方はそんな村椿の様子に全く気づいていないようだった。

 ふと村椿は東矢の隣にいる男子生徒に気づいた。誰だっけ?という顔をしている。

 まあそう思うよな。俺も小町こまち先生の補習で顔を覚えたばかりの奴だから。そいつは鮎沢あゆさわという二年H組の男子だった。

「あ、千駄堀せんだぼり君だ」鮎沢はとぼけた調子で俺を見た。

 はっきり言ってこいつは正体不明だ。長い前髪が眼鏡半分隠すくらい前に下りていて目がよく見えない。どこを見ているかわかりづらいのだ。目つきが悪くて目だけ目立つ俺とは対極に位置する奴だった。

「鮎沢も誘導係だったのか?」俺は鮎沢に訊いた。

「違うよ」と鮎沢は答えた。

「この人は駅ビルをうろうろ歩いていたので連れてきたのよ」と言ったのは東矢だった。「どうせゲームセンターにでも行っていたのでしょう」

「ひどいな。僕はユルカワキャラのガチャポンでどうしても欲しいのがあったから、つい熱くなってしまっただけだよ。まあクレーンゲームも少しやったけどね」

 鮎沢はポケットから今日の収穫を取り出して自慢げに見せた。

「これなんか、東矢さん好みでしょ。あげる」

 つらの皮が厚いのか、鮎沢は誰が相手でもひるむことがない。

 そして驚いたことに東矢は鮎沢が差し出したユルカワキャラのスマホストラップを黙って受け取った。

 それが信じられないシーンだったので俺も村椿も目が点になった。

「さあ、行きましょう」東矢が言った。

 信号が青になっていた。

 東矢は、最近の定期テストでは星川ほしかわに負けて二位が続いているが、一年生時の総合成績で学年一位の優等生で、生徒会の副会長だ。

 次期生徒会長が間違いないといわれる人物で、村椿でさえ一目置いている。

 しかし何を考えているかわからない女だった。余計なことは喋らない。神秘的なクールビューティなのだ。

 案外、コミュ障なのではないかと俺は思う。

 その東矢と、もっと訳のわからない鮎沢のやり取りは不思議なものだった。

 それを目にした村椿はさっきまでのいじらしい態度を消していた。

 俺は再び気配を消して三人の後を歩いて横断歩道を渡った。

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