第四章

 その後女は割とすぐに冷静さを取り戻して、俺は少しほっとした。吸血鬼とは言え、他人がトラウマを語る様を見ていて楽しい筈が無い。


「これで分かってもらえたと思う。いい加減私は私を終わりにしたい。ただこの外法はとことん捻くれていて、死ぬのにはかなりの手間がかかる」

「血を飲まなければ良いんじゃないのか?」

「飢えると錯乱してしまうんだよ。そして人の臭いを嗅ぎつけて手あたり次第に襲う。この世界は人間がどんどん増えてて、南極にすら人が居るんじゃあどこでも……」


 口ぶりからして、一回試して見た事があったらしい。最後の方はかなり言いにくそうだった。


「じゃあ、心臓を自分で壊すしかないけど……」

「やってみた。でもダメだった」


 当然、それで死ねるならきっともう死んでいるのだろう。こちらはあっさりと答えが出た。


「最初の誰かはきっと、化け物に殺される事も恐れていた。あるいはそれが目的だったのかも。吸血鬼は化け物には殺せないんだ。そしてその対象には自分も含まれる。心臓を壊してすら、壊した相手の力を利用して再生する事が出来る」

「自殺は出来ない、と」

「うん。だから化物を殺せるのは結局――」

「――人間だけ?」

「あ、やっぱり君あの漫画を読んだ事あるんだ!? あは、話が早い訳だよ!」


 それは吸血鬼が主人公の人気漫画の一節で、女はカラカラと笑った。釣られるようにして俺も笑った。それから俺たちは暫く、お互い鉄柵に寄りかかって漫画の話、次いで小説の話を続けた。この女はどう考えても日本人では無く、また現代文化にも疎かったが、吸血鬼に関する作品については俺を凌ぐ知識があった。そう言えば日本語が何故ペラペラなんだと聞くと、旅先で現地語を覚えるのは醍醐味だからね、と余裕で返してきた。英語の学習に日々頭を悩ませていた身としては羨ましいと少し思いかけたが、その前にきっと日本に来てからも何十年か経つのかも知れないと気づいた。


「今やってるアニメも吸血鬼っぽい奴が出てくるでしょ? だから気になってはいるんだけど、テレビアニメが一番見るのが大変なんだよね……スマホも持ってないし」

「そりゃ持てる訳ないか……と言うか、吸血鬼物に拘らなくても良いんじゃないか?」

「そこはほら一応、本物としてはね……大体ちゃんと最後には退治してくれるし」


 俺の表情が固まる。これは外国風のブラックジョークなのか? 判断につきかねていると女は突然吹き出した。何でも無い冗談を真剣に受け取られてツボに入ったらしい


「何も、ふ、そんな顔しなくても……ふふっ、ダメだ……!」

「ひ、人の気遣いをお前なあ……!」


 それが現実からの最後の逃避である事は、お互い分かっていた。夜も更けて俺にとっては若干寒かったが、そんな事は気にもならなかった。これは俺達の初対面にして、最後の会話、その筈なのだ。絶対に悔いを残す訳にはいかなかった。

 家に帰る筈の時間からもう大分経っている。家に帰れば両親は俺に厳しくどこに行っていたかを聞き出し、最悪これからは塾まで迎えに来ようなどと言い出しかねない。そうなれば、俺の自由時間は全て失われる。静かに死ぬことすら、出来なくなる。

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