第三章

「吸血鬼とは自然に生まれた種族では無いんだよ。それが俗に言うヴラド・ツェペシュなのか、それとも他の誰なのか私は知らないけど、感覚として理解出来る。ある時誰かがこう思ったんだよ。まだ死にたくない、他の誰を犠牲にしてでも、って」

「そしてそれを成就させた。人の血を吸って殺してしまう代わりに、死んだまま生きていられる外法。生き汚く、自分が自然の理を踏み外しているのを自覚しているかのように光を避け、それでいて能力だけは優れている化け物。十字架やニンニクなんて効かない。そんなのは希望を抱きたい人間の幻想。太陽の光ですら、苦手というだけ。人間が真夏の日差しを避ける程度のね。外法の中心である心臓を壊されなければ、死ぬことはない。あるいはよっぽど飢えるかだけど」


 女は中々に饒舌だった。すらすらと文句が出てくる辺り、他の誰かにも説明した事があったのかも知れない。しかし笑顔に刺す影は消えなかった。その理由が何となく、想像出来る所まで俺は来ている。彼女は嫌いだったのだ。だから俺の事をあれだけ褒めちぎった。


「だけど、最初の吸血鬼も予期していなかったであろう盲点、嫌な特徴があった。何だか分かるかな?」


 俺は首を横に振った。元々返答など期待されていない。当然すぐに続きの話が始まった


「伝染ってしまうんだよ、血を吸った時に。もちろん毎回じゃなくて、必要な物がある。吸血鬼としてのある程度の素養。そして原初の吸血鬼が思ったであろう事――どれだけ他人を殺そうが生き残りたいという意志」


「私はそれを持っていた。あの田舎の更に片隅で……私は一度殺された。そいつはいきなり私の家に押し入って来て……」

 声の勢いが、トーンが落ち、顔が歪み始めてきた。


「生き返ったのは、その馬鹿な吸血鬼が、死んだ後の、私を……」

「……言いたくないなら、言わなくて良い」


 高校生にだってその程度の想像はつく。こんな俺でも隙間時間には出来る限り、小説や漫画を読んでいたのだ。でなければ共通の話題など無くて、友達を作る事すら不可能だったろう。成績さえ残せば両親は、金遣いには寛容だった。興味もない古典や外国の小説も読まされたけども。

 年齢で言えば遥かに年下だろう、こんな小僧にそんな方面で気を使われてしまった事がおかしかったのか、女は無理やりに一度笑ってみせると、再び話を始めた。


「……私は咄嗟に火かき棒を手に取って、相手をぶん殴った。私にはそこそこ素養があって、吸血鬼になったばっかりなのにとんでもない力が出せた。先手を取ってめちゃくちゃに殴っていたら、いつの間にかそいつはミンチになっていた。後に残っていたのは死体が3つ。そいつと、私のお父さんと、お母さん」


「それからは……警察のご厄介になる訳にもいかないし。あてもなくブラブラする事にした。町や村に近づくと目立つから、あんまり近寄らないようにしてた」


 そこで話が止まった。さっきの話題より更に、言いづらい内容である事は分かっていた。そうなのだ。この女は吸血鬼のくせに、そんな事が許せなかったのだ。女は夜空の空気を大きく吸い込んで、吐き出して、それから観念するかのように言った。


「食事の時を、除いて」


 突然酷い頭痛がするかのように女は右手を頭にやった。さっきより明確に忌々しいという顔をして、饒舌と言うよりは勢いに任せて、女は残りの話をした。


「嫁入り前だった。男も知らなかった。家事や鶏の世話をして、平穏に暮らしていたかった。だから生きていたかったの。でもそんな、外道な事を思ってしまったのは私だけだった。私は人間として死ねなかったし、元の生活にも戻れなかった。お父さんとお母さんはきっと、そんな事までして生きようなんて思ってなかった。そしてそれでもまだ――私は死にたくなかった」


 彼女は嫌いだったのだ。他人を殺して回りながら、死にながら生きる自分の事が。

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