第83話 肉体
重ね掛けされた【零式】によって頭が沸騰している。
目や鼻、耳の穴からも血が漏れ出てきて喉の奥からは血が這い上がってくる。
意識が朦朧とし、それでも気絶できない絶望感。
沸騰する脳みそが破壊され続けて治り続ける。
心臓も破裂して治るを繰り返す。
全身を
人の身で【零式】を使えば全身の血管は破裂する。
無理やり思考を加速させ、己自身のスピードも上げる身体負荷。
その痛みを今まで知らずに使っていたのかと思うと、わたしはどこまでも都合よく考え過ぎていたのだと身を持って知る。
「まともに喋れないようね。私は優しいから教えてあげる。なぜ貴女が私なのか。なぜ私は貴女なのか」
背後から羽交い締めにするように腕の下から両手を回して肩を掴む死神。
密着し首筋を舐める死神に抵抗する気力もない。
「私はねクロユリ、邪神エリアに身を喰われた後の分岐した貴女。身の内に邪神エリアの魂が入り込み、そしてヴェゼルを殺した。その時カトレアも死んだ。そして私は死神となり、肉体を必要としない存在になった」
「……意味が……わから……ない」
とろけた頭ではまともに思考する事ができない。
苦痛から逃れる事も出来ず、ただ聞いているだけで精一杯。
「私が今ここにいるのは、時間という概念が適応されない存在になったから。それは邪神エリアの神としての力を得たから。でも死神になる為にはもっと苦痛を味わう必要があった」
「……時間の概念が……適応されない?……」
「時間は肉体があって初めて意味を成すもの。貴女に分かりやすく言うなら、幽霊と一緒。意識だけの存在。だからどこにでも居られるし、どこにもいない。あらゆる物理法則が適応されない。だから時間も適応されない」
だからなんなのだ。
全く何言ってるかわからない。
「私が今貴女と居られるのは、時間の概念が適応されないから。過去にも未来にも居られる。それこそ、カトレアを失っていない今の貴女の世界線でも」
脚が千切れて血がさらに飛び散る。
ぼとり、と鈍い音を立てて白い床に落ちるわたしの脚は灰となって消えた。
「私はねクロユリ。ずっと独りなの。だから寂しいの。貴女が肉体を【吹き溜まりの悪魔】に乗っ取られてここにずっと居てくれれば、私は独りじゃない。私を理解してくれるのは貴女だけ。痛みも苦しみも、寂しさも全部。だって私は貴女だもの。だから貴女も私の苦しみも全部きっとわかってくれる。他人なんて信用できない。ずっと独りなんだもの」
狂ってる。
朦朧とした意識でもそれだけはわかる。
「死神になるのは大変だったの。12の構造を司る十二神からあらゆる生物の死に様を身体に、脳に、精神に刻まれるの。痛かったわ。独りでずっと耐えた。精神だけだから、狂ってる私すら私だと理解できるの。虫が踏み潰されて死ぬ感覚も、感染症でゆっくりと身が腐って死ぬ野良猫の死ぬ感覚も、首を絞められて首の骨が折れる音を聞きながら死ぬ死刑囚の最期も全部。万物の可能なかぎりのあらゆる死を魂に刻むの」
人間ですら沢山の死に方がある。
それなのに虫も動物、生きている全ての生物の死を体験して死神になるなんて、どんな拷問よりも酷い。
「……わたしは、
「どのみち、もうすぐそうなるわ。だってカトレアが死ぬもの」
再び意識を現実世界に戻され、映像が脳裏に浮かぶ。
【吹き溜まりの悪魔】は依然として暴れている。
野生の獣みたいに振り回す大鎌では雷善に当たっていない。
クロムとヴィナトはかなり苦戦している。
モモは地面に倒れているがまだ生きている。
苦しそうに顔を歪めながらわたしを見ている。
ニクイ兵たちはみんな死んでいるようだった。
まだわたしはクラスメイトである彼らに復讐を終えていないのに、その辺のモブみたいに勝手に死なれてしまった。
でももうそれもどうでもいい。
アスミナとカトレアが遠距離からクロムとヴィナトのサポートをしているが、かなり辛そうだ。
カトレアは半吸血鬼、クロムとヴィナトは吸血鬼であり、ニンゲンの血を摂取できない今は魔力を消費し続けて戦況は絶望的。
「……まだ、カトレアは……死んで……ないわ」
口から血を吐きながらもわたしは死神にそう言った。
「どうせ死ぬわ。貴女を置いて」
死神はわたしの頭を撫でながらそう言った。
「そうして貴女もひとりぼっち。でも大丈夫。だって私がいるもの」
「……絶対……嫌……」
脳裏にカトレアと過ごした5年間が浮かぶ。
苦い薬草を勝手に食べて顔を歪めたわたしを見て笑ったカトレア。
眠る前に本を読んでもらった。
カトレアの身体にすっぽりと
カトレアにお風呂に入れてもらった時、「綺麗な髪ね」って褒めてもらった時は嬉しかった。
「かとえあのかみもきれい」って上手く発音できなかったけど言ったら、カトレアが抱き締めてありがとうって言ってくれた。
「……わたしはまだ……カトレアを失ってない……」
死神の拘束を振り切り全身から血を流しながらも床に這いつくばった。
「……絶対に……カトレアだけは……」
目を閉じれば楽になれそうな気がする。
それでもそれだけは嫌だった。
「なら、最後にチャンスをあげるわ」
這いつくばったわたしの目の前にしゃがみこむ死神。
……わたし、そんな真っ黒いパンツなんて履いてないわよ。
「目の前で失わないといいわね」
笑顔で死神はわたしの額に指先で触れた。
そしてわたしの意識は途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます