第82話 【吹き溜まりの悪魔】

「さっきからずっと考えてたんだよ。その辺の魔王如きに来て数分で山善の頭が吹き飛ばれるわけねぇってさぁ」


悪寒が酷い。

なぜここまでヤバいと感じるのかはわからない。


だけど、わたしが【吹き溜まりの悪魔】という力を持っているという事を知っているのはたしか死神だけのはず。


そもそもこの馬鹿げた力は一体なんなのか。

考える間もなく今に至る。


「向こうの吸血鬼2人の力はわかってんだよなぁ。吸血鬼だし」


わたしは大鎌を振り上げながらも考える。

朝陽が登ればクロムたちは死ぬ。

それまでに決着を付けなければ戦況は絶望的。


クロムたちでさえかなりキツそうだ。

原初の魔王と原初の魔王を育てた吸血鬼でもギリギリの戦いの中で、太陽と龍神から逃げるのは至難の業と言ってもいい。


「だがお前はどう考えてもおかしい」

「褒められてるのかしら?」

「お世辞ですらねーよ。ほっそいニンゲンと変わらん身体でそんな力振り回してんのがおかしいって話さ」


交じ合わせていた刃で突き飛ばされて今度は逆に距離を取られた。

バックステップしたその瞬間に閃光が飛んでくる。


大鎌では間に合わず片手を犠牲にして受け、電撃で全身の筋肉が硬直する前に腕を切断した。


垂れ流された黒い血で複数体の影狼を召喚して四方八方から襲わせる。


「お前、その力をなんの犠牲もなく使えると思ってるだろう?」


笑いながら影狼たちを一瞬にして感電させて消滅させた。


影狼たちでは相性が悪すぎる。


「生憎と説明なんてほとんどされてないもの」


垂れ残っていた黒い血を経由して植物の蔦を地面から這わせ、絡み付いた瞬間を狙ってわたしは大鎌を右から左へと振り抜いた。


「たとえアタシら龍神を殺したとしても、お前に幸せな老後なんて来ねぇよ」


まとわりついた蔦も焼き焦がして拘束を解いて首元数ミリの所で受け止められた。


「教えてやるよ。死神に代わってなぁ」

「ご丁寧にどうも」


大鎌じゃ接近戦はキツい。

取手を持ち替えて塚でボディを叩き1歩下がる。


再び黒い血を垂れ流し、今度は黒影からわたしの分身を4体召喚して同時に襲う。


流石に格上相手に意識同接4体同時は無理。

各々勝手に動かすしかない。


「分身ですらその辺の魔王クラスたぁね! やるじゃん嬢ちゃん」

「それはどうも。うるさいから早く死ね」


未だ余裕の笑みを浮かべている雷善。

荒々しい雰囲気が気に食わない。

クラスの陽キャみたいで。


「まあ教えてやるっても、身体に聞いた方が早いんだけどな?」


大鎌を構えた瞬間に肉薄し、わたしの胸に手を当てた雷善。

いくらなんでも速すぎる!


「おいでませ【悪魔】さん♪」


触れられた掌から電撃を流され、わたしは気を失った。



☆☆☆



気がつくと、わたしは精神世界にいた。

前に来た時は見渡す限りの黒百合が咲いていたが、今は地平線の内には白い床が見えている。


辺りを見渡しているうちに視界の隅に映った長髪は灰色だった。


カトレアと似た白髪の長い髪ではなくなっている。


「ッ?!」

「久しぶりね。クロユリ」


突然背後から抱き着いてきたのは真っ黒い長髪の死神だった。


「ジュリアとウェルビンはどこ?」

「あっち」


白い手で指さした方向を見ると、黒百合の花に包まれた2人が眠っている。

死んでいるようにすら見える。


「死神、あなた2人に何をしたの?」

「私はなにもしてないわ? やったのは貴女」

「わたし?」

「ジュリアとウェルビンの力を使ってるじゃない?」


確かにわたしは2人の力を使ってる。

でも精神世界ここでこうなっているとは思っていなかった。


「それよりいいの? ここに居ても」


死神にそう言われてわたしは雷善との戦いを思い出した。

その事に意識を向けた瞬間、狂ったように笑いながら雷善と戦っている映像が見えた。


それはまるでわたしだった。

しかしおぞましい姿でもあった。


背中には悪魔の翼の左翼だけが生えていて、右眉の上の額には悪魔らしい角が生えている。


狂気じみた笑みで大鎌を振りかざしたソレの左腕が斬り飛ばされた。


「ッガッ?!……」


そして不意にわたしの左腕から激痛と共に大量の赤い血が流れた。


死ぬほどに痛い。

なぜ精神世界にいるわたしにこんな激痛が……

向こうにいる時はこんなに痛みなんて感じなかったはず。


「そう言えば言ってなかったわね」


背後から抱きついたまま耳元でそう呟く死神。


向こうではソレが右手の掌を大鎌でほじくり赤い血を流し、その赤い血を媒介に植物の根で攻撃している。


それと同時にわたしも同じ右手の掌から血が流れる。

大鎌の切っ先で抉り続ける痛みで顔が歪んだ。


「貴女が使っていた黒い血。あれは【吹き溜まりの悪魔】の血であり力なの。便利だったでしょ?アレ」


現実で受けた傷が精神世界にいるわたしに全部返ってくる。


「さっき雷善が言ってたわよね。なんの犠牲もなく使える訳ないって」

「……ま、まさ……か」

「今まで貴女の痛みは全部【吹き溜まりの悪魔】が引き受けていた。貴女の自傷行為によって流れた黒い血は全部【吹き溜まりの悪魔】の血」


最初に自傷行為をして黒い血から出てきた黒影。

あのおぞましさは【吹き溜まりの悪魔】そのものだったらしい。


「……なんで今、流れてる血は全部……赤いなのよ……」

「それは貴女の肉体も魂も乗っ取ろうとしているからよ。雷善が貴女を引っ込めて【吹き溜まりの悪魔】を出したのもその為」


現実世界の【吹き溜まりの悪魔】がわたしの眼球を抉り取り雷善に投げ付ける。

同時に眼球は爆発し、精神世界にいるわたしの眼球は破裂して激痛と共に血が流れる。


「貴女の赤い血が流れきった時、貴女はあなたでは無くなる。ずっと私と一緒」

「い、嫌よ……」

「どうして? 私は貴女なのに?」

「い、言ってる……意味が……」


背後から耳を舐めてくる死神。

欠損した四肢が復活しても、未だに痛みに囚われている身体は動かせない。


「どうして貴女はこの世界で白い髪だったかわかる? どうして今、白から灰色の髪になっているかわかる?」


抱きついたまま、わたしの胸を揉みしだく死神。

痛みでろくに動けず、されるがまま。


「貴女、本当に前世の頃から黒髪だった? 虐められてから、鏡を見たのはいつ? 見た覚えなんて無いでしょ? だって死神だとか黒百合なんて言われ続けて、自分が嫌いだったから」

「何を……言って……」


死神が何を言いたいのかわからない。

何を言ってる? 何を伝えたい?

それを考える程に頭が痛くなる。


「お母さん、憶えてる?」

「……いや、覚え……て……」

「貴女は1度だけ遺影で見た事があったはず。でもそのお母さんの伏せられた遺影を見てお父さんに何度も殴られた。何度も。何度も何度も」

「……止めて……」


物心着いたときには虐待されていた記憶しかない。

思い出したくない。


「ここは精神世界」

「やめッ」


脳裏に浮かんだお母さんの顔。

あの時見た遺影の写真だ。


「綺麗な白髪ね。貴女にそっくり。お父さんが貴女を何度も「楓」って呼んで咥えさせたのも納得」

「いや……」


わたしはお母さんじゃない。


「そう。でも貴女は黒崎百合子。楓じゃない」


わたしは黒崎百合子。


「貴女が精神世界ここで白髪なのは、元々白髪だったから。でも物心着く前には虐待され続け、血を流し、お父さんは貴女の髪を真っ黒に染めた。自分の愛する妻を素面しらふで見れば貴女を恨むから。そうして少しでも逃げたくて、お酒を飲んでは貴女を見てまたお母さんを思い出して貴女を犯す」


死神がわたしの下腹部へと手を伸ばす。

それを体を捻って抵抗するわたし。


「じゃあ問題。私は貴女。貴女は死神。そして私も貴女もここに居る。それはなぜ?」


現実世界の【吹き溜まりの悪魔】がさらに【零式】を重ねて使い、わたしは吐血した。


真っ白な床をどんどんわたしの血が汚していった。


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