第81話 交渉

瀕死のレビナスたちを庇うように同じく重症ながら血まみれの片手をかざしているアスミナ。


龍神たち三体が立つ魔族とドラゴンの屍の山からは真新しい血が地面に流れ続けている。


「……ク、クロユリ……様……申し訳、ありません……」


よく見ればレビナスの片腕は潰れており、片方の脚は膝から下が千切れている。

胸にも拳が丸々と入るような穴が空いている。


レビナスの近くにはニーナも倒れているがまだ生きてはいる。


「レビナス」

「ニーナ!!」


わたしはレビナスの元へと近寄った。

まだ息はしている。

クロムの回復魔法なら手脚もどうにかできるだろうけど、時間がない。


わたしは血脂で汚れた地面に座ってレビナスとニーナにエリクサーを飲ませた。

とりあえず今は死なれては困る。


「報告をしなかったから、後でおしおきよ」

「……申し訳、ありません……」


レビナスの頭を撫でてわたしは立ち上がった。

前に1度、レビナスを殺そうと思った事があったのに、わたしは随分と薄情だ。


「魔王ちゃん、どうせみんな死ぬのに、回復させてまた苦しめるのはどうかと思うなぁ」


風善と呼ばれた優男風の龍神がヘラヘラしながらそう言った。

龍神と言われているわりに薄っぺらい雰囲気で気に食わない。

あらゆる緑の羽衣の神聖さはお飾りのようだ。


「わたしの部下たちがお世話になったようね」

「いやいやぁ。お世話する間もなかったから問題ないよ?」

「風善、お前はいつも一言余計です。そのそよ風のうな気まぐれさをどうにかできないのですか?」

「水善はお堅いなぁ」

「アタシも水善に賛成だな風善。お前はいつも無駄が多いし」


水善と呼ばれた龍神は1番頭が堅そうだ。

冷静沈着な雰囲気と切れ長な目、綺麗な蒼色の長い髪や水色の羽衣からは神聖さを確かに感じる。

水を司る自然らしく静かで穏やか、それでいてどこまでも冷たい。


雷善と呼ばれた龍神は喧嘩っ早い雰囲気だ。

黄色や赤、白などの入り乱れた髪は乱雑なクセっ毛で、朱色の羽衣は動く度に静電気が走っている。


「クロユリ」


隣に立ったクロムが小さく話しかけてきた。


「こいつらはさっきの山善よりも手強いぞ」

「でしょうね。カトレアがわたしたちの所に来てから数分と経ってない。にも関わらずこの惨状を三体で作り上げた化け物」


なぜこいつら三体は龍の体ではないのか、逆になぜ山善は巨体で現れたのかよくわからない。


人の姿であるなら話し合いが出来るのかと思えばそうでもない。


まあ、話し合うつもりは微塵もないけれど。


わたしは未だ掌を向けて神経を張り詰めているアスミナの横に立った。


「よく死ななかったわね。アスミナ」


わたしは龍神たちを凝視したままエリクサーを手渡した。


「……私は生かされているようですから、手加減されていたようです」

「邪神エリアの置き土産……聖女、だからね」


アスミナはクロムの血を注がれている。

聖女にして半吸血鬼。

金髪に片方の眼は碧眼、そしてもう片方はクロムやヴィナトと同じ紅色の瞳。


龍神なら穢れた聖女である事は一目見ればわかるはず。

にも関わらず生かした。


「おいクロユリなにを?!」


わたしはアスミナの首に大鎌をあてがった。


「アスミナは利用価値がある。だから殺さない。それは女神エリアが死んだ今、再び世界の均衡を保つ役目を担えるのが聖女であるアスミナかもしれない」


龍神たちの顔色を伺うも表情を崩さない。

アスミナの首から血の雫が滴っている。


アスミナも自分の首に大鎌の刃が僅かに触れているにも関わらず動揺していない。

わたしが言うのもおかしいけど、どうかしてる。


「女神エリアが邪神へと堕ち、信仰の対象として自ら龍神たちが神として現在していたにも関わらず人類に干渉がほとんどできていない」


龍神を信仰していたのはウィージス教国だけ。

クロム達よりも前の時代ではどうしていたのかは検討も付かないけれど、1000年で歴史をリセットする結果になったのなら失敗だろう。


「龍神でダメなら、次は女神エリアの聖女アスミナを人神として崇めさせたら何かと都合が良いわよね? 人類の大多数を摘み取って女神アスミナを添えて、民衆が縋るように歴史と事実を新たに作りあげればいい」


龍神はあくまで世界のやり直しの為に動いている。

アスミナを殺さないという結論を戦場ここに来てから思い立ったならさっきの話と辻褄が合う。


「魔王ちゃん、別にその女じゃなくても神側こちらとしては良いんだ。他にもやり方はいくらでもあるし」


風善がヘラヘラとした顔のまま答えた。

流石に龍神という神相手に駆け引きが通用するわけも無い。

そんな事が出来てたら虐められてはいなかった。


「そう。じゃあ仕方ないわね」

「やめろ!!」


わたしは殺気を放ってアスミナの首にあてがった大鎌に力を入れた。

呻くアスミナの首に大鎌が食い込んでいく。


閃光ライトニング


動き出したのは雷善だった。

掌から電撃を放ち、わたしの頭を焼こうとしている。


名前からしてその系統なのは察しが着いている。

わたしは刹那の間に【零式】を使い、流れてくる白い稲妻を目で捉えた。


音を置いていく閃光を予測出来てなければ【零式】で対応はまず出来ない。


わたしは大鎌を握る手に合成樹脂魔法で即席の絶縁体の黒い手袋を作り閃光を斬り裂いた。


「『解放せよ、リミッター解除』」


瞬間背後からクロムとヴィナトがわたしと同等のスピードで駆け出した。


クロムとヴィナトは蛍のような光の粒を纏いながら地面を抉り取りながら龍神たちに肉薄していく。


クロムとは前に1度、魔水晶の機能テストの後に競走した事があったから速さは知っていた。

ヴィナトも同等の速さだとは知らなかった。


そう言えばクロムには龍神と交渉して欲しいと言われていたけど交渉決裂ね。残念だわ。


「手が早い女は嫌われるわよ?」


わたしも雷善に肉薄し大鎌を振りかざした。

だが電撃を纏った剣を召喚して防がれてしまった。


「せっかく逝かせてあげようと思ったのによぉ」


中性的な顔付きで無邪気な子供のように笑う雷善。

絶縁手袋がなければ感電死していた可能性がある。


勇者の剣と似た神聖で純粋な魔力。

わたしの魔力とは対極にある力と言ってもいい。

下手をすれば死ぬ。


魔王、相容れない力は有効であり弱点でもあるらしい。


「生憎、わたしにはまだ幸せ老後計画があるから当分死ぬ予定がないの。龍神あなたたちこそ、長生きしてるんだからそろそろ死ね」


長生きされても老害でしかない。


クロムたちを見れば、それぞれを相手取りアスミナやカトレア、モモたちも応戦している。


電撃だけはクロムたちでは為す術もないためわたししか対応できない。

雷善こいつ殺してさっさと加勢しなければ。


わたしは大鎌に力を入れて振り払って一瞬距離を置き、再び詰め寄りながら刃にも絶縁体の琥珀を鋭利に纏い斬りかかった。


「お前、【吹き溜まりの悪魔】の器か」


雷善は不敵に笑った。

瞬間、わたしはなぜか心臓を舐められたような悪寒がした。

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