第78話 お口喧嘩

禍々しく赤い光柱。

血に憎しみと憎悪を足したような光柱。


頭で理解するより先に直感でコレがニクイ兵たちと同種のもの、つまりは血炎術式の類いである事がわかった。


(レビナス、周囲を警戒、モモのニクイ兵のみ神殿へ特攻させて。わたしもすぐ神殿に向かうわ。クロムにはヴィナトが戦闘可能かどうかで神殿に来させて。龍神との戦闘を想定と伝えて)

(了解!!)


わたしは神殿に向かって真下に勢いよく落下しながら大鎌を握った。


ニクイ兵と同種の血炎術式だとは思うの。

だけど、勇者の呪いのような純粋な呪いのは違う。

勇者の末裔たちにはほとんどニンゲンとしての意識はなかった。


ただ純粋に魔族を憎み、平和を願うようにある種の洗脳されきった状態に近い。

それは幼い子供が目を輝かせながら夢を語り続けているのにも近い。

大人になってもサンタさんは居るって信じてるようなピュアさとも似てるかもしれない。


けれどこの赤い光柱から感じるのはわたしの中の魔力と似てる。


大人が、餓鬼が、屑が、己の無能さを誰かのせいにしたくて妬み羨み押し付けてくるような醜い憎悪。


あるいは、女が、子供が、老人が、己の弱さを恥じるように叫び散らかして魔王であるわたしを呪うように陵辱された念。


「……虫唾が走るわね。みんなでそうやってわたしを恨めるだけ幸せなのにね」


みんなみんな、死ねばいい。


もうどうなってもいい。


「これ以上、わたしが虐殺をすればどうなるかは知っている」


でもどうでもいい。

これ以上悪意を向けられたくない。


「だからニンゲンは嫌い」


わたしは握った大鎌にありったけの魔力を込めた。

魔力制御もクソもない。


「みんな死ね【魔広波】」


今度は血炎術式ごと吹き飛ばす。


止まることを一切考えずに突っ込みながら大鎌を振り下ろした。


神殿が【魔広波】に包まれていく。


地面が割れてもいい。

この星の反対側まで届けばいい。

みんな死ねばそれでいい。


この星自体無くなれば、歪みとか気にしないでいいじゃん。


そう思うと同時に、嬉しくもあり嫌でもあった。

それはカトレアとの日々を捨てる事にもなる。


「いやはや、魔王とは恐ろしい」


神殿は吹き飛ばなかった。

あちこち崩れつつも依然として鎮座している。


そしてその中から老人が目元にシワを重ね涼しそうな顔をしながら出てきてそう言った。


後ろには真っ赤に染まった鎧を身にまとった大勢の聖騎士たちがいた。


血に染った鎧とは反対に真っ青な顔、虚ろな目からは生気が感じられない。


わたしたちの屍兵と同種。

しかし屍兵よりも禍々しくおぞましい魔力を纏っている。


「ここまで世界を恐怖と絶望に貶めんとする魔王に龍神様は我ら人類に罪と罰をお与え下さり、そしてこの罪と罰を我ら人類は背負い、やがて光をなるのです」


両手を広げて高らかにうたうヒッギス教皇。

レフィーネとドドルガを返しに行った時に見た各国首脳のメンツの1人。


「宗教勧誘なら必要ないわ。欲しいのはエチケット袋ね」


綺麗事の中でも1番嫌いな類い。

神を信じて救われるなら、今わたしは異世界ここにはいない。


「悪に満ちた魔王には理解できないでしょう。理解できないという事を恥じる事すらできないのでしょう。哀れでならない……」


月を見上げながら祈りを捧げるヒッギス教皇。

真面目にやっている聖職者にせめて謝ってほしいものだ。


「そんなこと程度で恥じる人生は送ってきてないもの。貴方こそ、歳を重ねただけで恥を知ることの出来なかった人生自体に恥じたらどうかしら? あ、ごめんなさいね。どこを恥じたらいいのかもきっとわからないわよね。老害臭って自分では気付けないものね」


ヒッギス教皇以外、心臓の音は聞こえない。

開け放たれた神殿の奥からもそれは同様。


わかるのはおぞましい量の血の匂いだけ。


「毛も生えてなさそうな娘如き魔王のクセに随分と生意気な事を言う」

「ツルツルよ。老いぼれには少しくらい生えてる方が好みだったかしら? 年老いた老害が若い娘にそう言う事を言うのはレディーに対して失礼よ? 女の子は大変なの」


穢らわしい目でわたしを見ないでほしいわね。

気持ちが悪い。


「……貴様が魔王でさえなければ陵辱の限りを尽くし、殺してくれと龍神様に祈りを捧げたくなるような凄惨な余生を過ごさせてやりたかった」


貼り付けた笑顔のまま瞼をヒクヒクさせているヒッギス教皇。


発言がどう解釈しても聖職者ではない。

その辺のゴロツキより印象が悪い。

なまじ聖職者の姿をしている分余計に酷い。


じじいは子供に飴ちゃんでも配っていればいいものを。


「クロユリ様ぁぁぁぁぁ!!」


駆けつけたのはモモ率いるニクイ兵たち。

さらに屍兵も100体ほど連れている。

モモが勝手に連れてきたのだろう。


「これはこれはバーメル女王、いかがわしい格好に奇怪で愉快なお仲間をお連れで」

「その名はもう捨てましたの。わたくしの今の名はモモです。ヒッギス教皇」


モモは谷間をまじまじと見られたのだろう。

ゲスを見るような顔をしながら睨み返した。


「その薄汚い顔と笑みだけは歳を取っていないようですね。長生きできる分、拷問が楽しみですわ」

「おや、儂の相手をしてくれるのかね? それは楽しみだ」


……こいつ、女なら見境ないのか。

どう見ても60過ぎのおじいちゃんなのに。

ましてやこの世界では健康食品も前世よりは質が落ちるだろうから、もうちょっと老けている可能性すらあるのに。


歳取ると性欲は増す説。

きっと自分で腰振ったらぎっくり腰になるから女に振らせるんだろう。


「モモ。四肢を切断して腰を痛めつけましょう」

「それは素敵なご提案ですクロユリ様!」

「最近の若いの娘は口が悪いな。どいつもこいつも」

「龍神様を信仰する教皇のくせに、口も竿もひん曲がっているお前には言われたくないわ。乙女の心は繊細なの。口に気を付けなさい」


ヒッギス教皇の眉毛かつり上がった。


「龍神様に許しを乞うて死ね」


血炎術式の掛けられた聖騎士たちがわたしたちに襲いかかって来た。


わたしは、これが人と魔族の戦争かと心の中で笑いながら大鎌を握った。

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