第75話 残酷な世界
「ぽちー! みんなでお散歩楽しいわね!!」
「アィ!」
月明かりの照らす大地にわたしたち魔族の収容されている巨体駕籠を担ぐぽちと巨体ゴーレム(一応名前はコハク)。
木々をなぎ倒し、地面には大きな足跡を残していく。
わたしはぽちの肩に座って夜空を眺めた。
この大陸でわかっているニンゲンたちの国のうちの3国を潰し、とりあえず残りはウィージス教国。
とても広いこの世界は一体どこまで続くのか。
まだ知らない国もあるのだろう。
この世界の文明レベルは前世の頃より低い。
おそらく何度も破壊と再生を繰り返し、今はその中のまた始まりから1000年。
魔法があるとはいえ、この世界には海の向こうの情報が少ない。
「クロユリ」
「クロム。どうしたの?」
「僕が言うのもなんだが、なぜヴィナトを助ける為に急いでくれたんだ?」
クロムも腰を下ろした。
クロムの疑問も当然。
わたしはヴィナトの顔も知らないのだし。
「……とくに深い理由はないわね」
龍神について知っているであろう人物だからではあるし、世界の歪みとかも知っている。
長く生きている人物でもある。
でも、単純な興味という方が近いのかもしれない。
「理由が1つだけなら、人はもっと楽に生きられているわよ。絡み合って複雑で、残るのはただの欲だけ。最初はもっと、小さな事なだけだったはずなのにね」
結局自分でも何を言っているかわからない。
目的と手段が入れ替わるように、気づかないうちに歪んでいくだけ。
「ヴィナトを助けてくれる気になった理由の回答としては回答になってないな」
「じゃあ理由を付けようかしら。そうね。原初の魔王様の関係者を監禁している疑惑がある国をこれから訪問。うっかり対象者を発見。わー、こいつらは虐殺だ〜。こんな感じ?」
ニンゲンを殺すために3国も侵略したわたしが言うのもおかしいけど。
正当化するならこんな感じかしらね。
「わたしがニンゲンを殺すのはカトレアの復讐を手伝う事であり、わたし個人のニンゲンに対する漠然とした恨み。他は正直どうでもいい」
ただカトレアと静かにまた暮らしたい。
穏やか日々をまたふたりで過ごしたいだけ。
でもニンゲンは嫌い。
わたしの中に渦巻く魔力も怨念となりつつある。
ニンゲンを殺せば殺すほどに増える怨念。
「ウィージスを潰して、龍神と本当に戦うのか?」
「それしかないでしょ?」
クロムたちがかつてニンゲンたちと共存しようとして龍神が歴史を諸共破壊したなら、どのみち戦うのは必然。
女神がいないこの世界で、
龍神たちはなにを望んでそうするのか分からない。
ただ世界の歪みの番人として機能しているだけなのか。
この繰り返した先に人類は何かを得るのか。
歪みが生まれない世界?
争いのない平和な世界?
それは人類の魔族視点の話?
平等も公平もない世界を望むにはまだ何もかもが足りていない。
欲のままに争い血を啜り、肉を貪り犯しているのがこの世界。
「僕の意見とすれば、クロユリでも龍神4体には勝てない」
「どうしてそう思うの?」
実際に戦ったクロムの意見だ。
「力の次元、根源がそもそも違う」
「わたしの力はどの次元にあると思う?」
わたしはみんなが使う属性魔法、教科書に乗ってるような火や水などの魔法攻撃を使えない。
「わからない。クロユリはおそらく、力のそのものの具現化というか、象徴だ。大鎌の一振りで山を消す力は確かに龍神に匹敵する」
山をうっかり消してしまった話はクロムにはしていない。誰かから聞いたのだろうか。
「龍神は自然の力を持つ妖精と一体化した事によって強大な力を得た龍だと思う」
「自然の力……」
「雨は癒しであり脅威、降り続ければ崩れ、流され、沈む。そんな自然の摂理が意志を持ち、力を振るう。膨大で強大、個としての僕らでは、火力は同じでもエネルギー量が足りない」
クロムが言いたいのは、ニンゲンが見知らぬ間に踏み殺していた蟻を今度は意図的に踏み殺すようなものなのだろう。
質量や生きている次元が違う者が意志を持って全力で踏み潰しにくる。
「もしお前の力が通用して龍神を殺せたとして、その時お前が望んでいた世界は自ら手放す事になる」
わたしの望む世界。
カトレアとの暮らし。
「皮肉ね。ならどうしたってそうなる運命じゃない」
「だから僕は逃げた訳だが」
「でも囚われのお姫様を助けにいくのでしょ?」
1000年逃げて復活して、結局また同じところでぶつかる。
誰かが言った。
時間が解決してくれる。
1000年経っても解決しない事もある。
世界を渡っても解決しない事もある。
わたしが幸せを手に入れられないように。
「ねぇ」
「なんだ?」
わたしは景色を眺めたまま問いかける。
「龍神を殺したら、世界はどうなると思う?」
「……わからない。邪神と化した女神エリアを倒したら平和になると信じて戦って、今なんだ。僕にだってわからない」
平和な世界は築けない。
わたしはニンゲンを殺したいし、カトレアと暮らしたい。
龍神はどのみち殺しにくるし、殺した後はどうなるかわからない。
神は平和な世界を導くのに、宗教から戦争は始まる。
どうしたって、奪い合うようにしか作られてない。
「……なんにも知らずに、ただ慎ましく暮らせたらよかったわ」
力なんて要らない。
ただ、カトレアとふたりでご飯を食べて、美味しいねって笑い合っていられたらよかった。
「……本当にな……」
村の出身だというクロムも、複雑な声音でそう呟いた。
幸せは、いつも記憶の中にしかない。
残酷な世界に生まれてしまった。
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